影の中から、瞬間移動のように外に出された。
そこは、さっきまでいた展望台ではなく、
巨大な石を積み上げて作った、祭壇のような建物の前。
見てすぐに、1つ、わかったことがあった。
『自分と、みんなと』
“私…これ知ってる”
“え?”
1番高いところにある、丸い石。
あの時は見上げてたけど、今は、目の前にある。
“前に、夢に出てきたことがあったの。時を動かす力があるんだって”
“……実際には、なかったよね?こんな建物”
“うん”
じゃあ、いったいなぜ。
これもまた、夢?
“ヒカリちゃん、下見て!”
反射的に、下を向いた。
そこには、みんながいた。
よく見ると、光子郎さんがパソコンでなにかを調べてるみたいで、
他の人も、その様子を見てる人、この建物を調べてる人に別れてる。
“あれ?ねえ、ヒカリちゃん。ここってさあ…”
“知ってるの?”
“知ってるって言うか、今はたぶん僕の家って言っても良いと思う…”
そう言われて、よく見てみれば、たしかに私も知っている場所だった。
あ、今はタケル君の隣に私のもあるんだっけ…?
でも、どう見てもその「お墓」のあった場所には、大きな祭壇が立っている。
“何があったんだろう?”
少し、みんなが立ってる地面に近づきながら、タケル君は言った。
近づいてみて、祭壇の前に紙袋があることに気がついた。
中身は、
チョコレート。
“…なんで?”
“ヒカリちゃん、何か見つけた?”
“うん…。もしかして、今ってバレンタインなのかな…”
“え?”
紙袋に、ちゃんと「バレンタイン」って書いてある。
タケル君もそれを見つけ、首をかしげた。
“僕たちが影に入った時って、成人の日だったよね”
“うん”
“ってことは、時間が進んだって事なのかな…?”
顔を見合わせて、考えてみる。
でも、何も浮かばない。
そう思っていたら、下から声がした。
「あーもう。せっかくのイベントなのにぃー!!」
「ですよねー!こんな特別な日に現れるなんて、言語道断!」
ミミさんと京さんが、ついに不満爆発、といった様子だった。
「京さん、静かにして下さらないと考えられません」
「いーのよ伊織君。どーせ光子郎君はパソコンいじってる時はぜーんぜん聞こえてないんだから!」
状況的には、結構大変な気がするのに、全然そんな感じがしない。
いつも通り。
昔のまま、変わらない。
“あのチョコ、僕たちのために持ってきてくれたのかな”
タケル君が、嬉しいような、哀しいような、なんとも複雑な顔で言った。
“そうだね”
せっかくのイベント、のこの日に。
特別な日、に。
義理とか友とか本命とか。
そういうのとは、違う。
あたたかな、そんなチョコレート。
“みんな、こうやって思ってくれてるんだね”
忘れずに。
会えなくても、見えなくても。
“なのに、僕たちは何も出来ないのかな…?”
最終的な結論だった。
みんなが思っていてくれている。
それはわかってる。
ずっとまえから。
わかってはいた。
でも、どうこたえればいいの・・・?
“!?”
嫌な気配がして、見上げてみたら、
影が、広がっていた。
「見て!」
空さんの声。気づいたみたい。
「光子郎さん!」
みんなも気づいたみたいで、見上げてる。
「今朝、展望台の上にあったのと同じだ!」
丈さんが言ったこの一言に、私もタケル君も、一瞬頭が真っ白になった。
“どういうこと…!?”
なにがどうなってるっていうの?
どうすればいいのかわからない。
影は、どんどん濃くなっていくように思える。
“ヒカリちゃん”
悩む私に、タケル君は静かに言った。
“この影きっと、僕らの気持ちを表してるんだよ”
“え…?”
タケル君は、影の方に進んだ。
私も、追いかけて。
“ずっとさ、僕は幽霊になった、って思ってたじゃない?”
前を飛ぶタケル君の、冗談めいた声が聞こえた。
“それってさ、初めの、ほら、あのお通夜の時さ、僕、みんなの前に現れたでしょ。覚えてる?”
あの不思議な現象のことは、あの時あそこにいた人全員が覚えている。
“あのあと、同じように話しかけようと思っても、出来なくて。
だから、幽霊になったのかなって。別のものになったのかなって思ったんだ”
“でも、たぶん違う。そういうことじゃない”
影まであと一歩のところまで来た。
“…じゃあ、どういうこと?”
“教えてくれる。きっと。もう1人の僕たちが”
そう言うとタケル君は、影の中に入っていった。
私も、当然一緒に…。
『もう戻ってきたんだ』
入ってすぐ、目の前から声が飛んできた。
“ちょっと答え合わせにね”
問題がどのくらい大きなものか予想出来ないけど、
なにか1つ、わかる気がする。
“あの時、僕がみんなの前に現れて、「見守らせて下さい」って言った時、
すっごく話したかったから出来たんだと思うんだ”
“後悔したくないから”
“でも、本当はもう出来ないこと。今はそれがわかるから、その所為で僕がどうなったか、推測が出来た”
そこまで言うとタケル君は、もう1人の私に向き直った。
“あの時は、君たちと同じで、実体があった…というか、透明じゃなかった”
“だから、あの時みんなに、一方的に話しかけた所為で、今、僕は透明なのかなって”
“無理に、言いたいことだけ言っちゃって。信じてるとか、互いの心が通じてるとか、
そういうのが、一切、無かった気がする”
『つまり、どういうこと?』
私は、思わず息を止めた。
止めても特に苦しくないわけだけど。
“つまり、あの時から僕は、分離してしまったんだ。君と”
分離…。
透明でないもう1人の私達と、今の私達。
『正解』
2人は、笑顔で言った。
『よく、わかったね』
“みんなに声が届かないのがいつも不思議でさ。
さっきやっとわかった。あの時は、自分を信じてたんだなって思って”
“自分を?”
自分を。
タケル君の言葉が、すごく重く感じた。
すごく、よくわかった。
『君の言う通り、無理に一方的に言ったから、みんなの中で生きるはずなのに、外れちゃったんだよね』
“ちょっと待って。みんなの中で生きるって?”
まだ、全部はわからない。そもそも、みんなのところに行ったのに、私は何もわからなかった。
何も変わってなかった。
『僕たちは、みんなの中にいる僕たちなんだよ。みんなの想いの世界で生きてる。だから、見えないけど実体がある』
“じゃあ、ヒカリちゃんも透明なのは…”
『普通、魂を上に連れて行くのに付き添うのは、実体でしょ?
1番安心出来る人が、道しるべになるために』
“やっぱり、僕が、透明になってたから…”
明るく軽い言い方だったさっきまでとは違って、厳しい声で、タケル君は言った。
“そんな、タケル君の所為じゃないよ”
『私…ヒカリは、一緒にいたかったんだよね。だから、必然的に、タケル君と同じになった』
『透明ってのはさ、半分存在しないってこと。
この場合の半分は、信じる気持ちがなく、後悔がある状態』
『君たちが、後悔の思い。透明な君たちそのものなんだ』
『この影は、残された人たちの叶えられなかった思い』
残された、みんなの。
タケル君の時は、私も含めた、みんなの。
『一緒に約束叶えたい』
『話したい居てほしい』
『当たり前の感覚だね』
『でも、今のこの影には、君たちの思いもある』
『みんなのその気持ちに、こたえられない後悔の思いが』
なぜか、少しの間、ほんの一瞬くらいだと思うけど、ほっとする感じがした。
たぶん、初めから、気づきたくなかったことだから。
お兄ちゃん達のあんな暗い姿見て、余計に、壁を作ってしまった。
無理だからって決めつけて、答えられないって決めつけて。
どうにもならないけど、後悔して。
『初めから、そうだったんだけどね』
私達が黙って考えている間も、話し出す。
『ヒカリちゃんがいなくなった時に、ヒカリちゃん本人の後悔の気持ちが入って』
『それ以来、ずっとあの展望台にいたのよね』
『色んな力が強い、あの場所に』
『影を封印する意味も込めて』
『でも、もう無理』
…?
『抑えられなくなったから』
『だから、影を消して』
今日はずっとそうだけど、話の進みが早くて、追いつけない。
考えがまとまらない。追いついても、すぐにまた…。
『本当は、早く来て欲しかったんだ』
『展望台にいれば、きっと気づいてくれるって』
『そう思って。どんどん後悔して…その気持ちが広がって』
『常に冷たかった心が、この影の中で、膨らんで』
“なんとなくわかった。この影がこの現実に現れてるんだ。危険なことは、わかる”
“展望台の方にも出たみたいだし、これって…”
『いい加減、みんなと元の関係に戻らないとね』
『ずっとこのままじゃ、大変よ。この影は、かつてない程の人たちの想いが膨らんでいるんだから』
苛立った所為なのか、実体のある私達は、影に穴を開けた。
見下ろすと、みんなが居る。
声も聞こえる。
今理解しているのは、私達への後悔の思いが原因で、なにか大変なことが起こるかも知れないということ。
世界中に仲間がいて、異世界にも仲間がいるから…。
きっと、色んな思いが交差してるんだ。
あとは、どうやってこの影を消すのか…。
私達は、みんなの声を聞いた。
「あの影、すごく、暗くて重い…」
「闇なの!?何なの!?」
「タケルさんとヒカリさんのこの場所で…2人も関係しているのでしょうか!?」
「2人…か」
大輔君が、いつになく暗い声を出した。
「俺、2人が居なくなってさ、すっごく力、抜けちまった。
なんかする時、居たらどうだったかとか、こんなふうに楽しんだんだろうなあとか」
私が、タケル君に対して思ったことと、同じ。
みんな思う、気持ち。
当たり前に、思う。どうしていいのかわからない。
「それで、いいじゃねえか」
ハッとした。
今まで聞いたことのない言葉に。
タケル君は、もっと驚いた顔をしていた。
だって、だって、1年以上、だもんね…。
声、聴いたの。
“ヤマトさん!”
「俺だって、一言一言が、ナイフみたいに刺さってきて、
話せなく、動かなくなったあいつの…2人の姿が浮かんできて」
「でも、今なら言える。タケルがいたから、ヒカリちゃんがいたから、今の俺がいる
誰が欠けても、今の俺はいない。この言葉を言う、この感情は、今まで過ごした全ての時間が、詰まってるんだ」
「永遠に消えないで、心に刻みつけられてるんだ。そうだろ?
2人は、俺達の中にいる。共に過ごした人の中にいる。みんなの中に、生きてるんだ!!」
みんなの中で、生きてる。
さっき聞いたような言葉…。
これで全て、わかった気がした。
“タケル君”
“そうだよ…ね。みんなの中に、みんなが思ってくれてるんだから、僕たちも、同じに思えば良いんだよね”
“お兄ちゃん”
その時、ヤマトさんの体から、薄い黄色の光が、祭壇の天辺の石まで、伸びた。
「なっ…!?」
本人も私達も一瞬何が起きたのかと思ったけど、実体のある私達は、安堵の表情だった。
“これは…!?”
『通じ合った、証拠だよ』
思わずタケル君が言った言葉に、答えが返ってきた。
「そうですよね…。今までもこれからも、ずっと俺達の大切な人、一緒にいるんですもんね!!」
今度は、大輔君から、ヤマトさんと同じく、黄色の光が伸びた。
「ずっと一緒に、そして、これからも僕たちを変えさせてくれる!」
伊織君からも。
「見守って、くれる」
賢君。
「そうよ、私達の絆は、ずっと切れやしない!」
京さん。
聞いてて、涙が出そうになった。
でも、私もタケル君も、ひたすら笑ってた。
空さんから、丈さんから、光子郎さんから、ミミさんから。
みんなから、言葉がくる。
気持ちがくる。
光が、くる。
“ヒカリちゃん、こたえよう。みんなの気持ちに!”
笑いが止まらないまま、タケル君は言った。
私は、うん!って言いたかったけど、ためらってしまった。
だって、どうこたえればいいのか、わからない。
こたえてちゃんと伝わるのか、わからない。
その一瞬のためらいが、影に伝わってしまった。
みんなの光を、影が遮ろうとした。
“あっ…!”
思わず叫ぶ。せっかくの気持ちなのに…!
“大丈夫だよ、ヒカリちゃん”
タケル君が、そっと私の肩に手を掛けた。
…透明なのに、触れている。
一気に安心感が広がった。
すると、影の力が弱まったのか、ヤマトさんの光が、逆に影を押し、私達の見ているこの穴をに直撃した。
…そして、広がった穴から、ヤマトさんの叫び声が聞こえた。
「行けーーーー!!!太一ーーーー!!!」
声が消えないうちに、穴の中から、人が飛んできた。
“お兄ちゃん…!!”
穴から一瞬、遠くにグレイモンが見えた。
ここまで、お兄ちゃんを投げたのかな…?
すごいことをするな、と思ったら、お兄ちゃん1人だけではなかった。
“パタモン!!”
“…テイルモン!!”
お兄ちゃんが、2人を抱えていた。
「連れてきたぞ…いるんだろ、2人とも」
お兄ちゃんは、影に着地して、パタモン達を離した。
「タケリューーー!!」
“パタモン!”
「いるんでしょ?見えないけどいるんだよね!!」
「ヒカリ!私にはわかる。ヒカリ!」
“テイルモン!大丈夫…私、ここにいるよ…”
見えないけど、見えなくても。
構わないって、思える。
きっと、通じてるって、思える。
どうして今まで、思えなかったんだろう…ね。
パタモンとテイルモンからも、光が、石へと伸びた。
「ヒカリ…タケル」
お兄ちゃんが、言った。
続きの言葉は、なかなか出なかったけど、
笑顔で、言った。
「俺たちずっと…お前達のそばにいるからな」
お兄ちゃんからも、光が伸びた。
そばにいる。
普通、私達が言いそうな言葉だけど、でも、違う。
どちらかが言うんじゃない。
両方が言って、初めて、通じ合うんだよね。
石が輝いた。
“ヒカリちゃん…。行こう。こたえよう!”
“うん!”
みんなの光が束なって、タケル君に伸び、
石は薄いピンク色に輝き、私を光で包んだ。
「あっ…!!」
光の眩しさで目は瞑ってるけど、お兄ちゃんの声が、聞こえた。
「ホーリーエンジェモン!
「エンジェウーモン!」
2人の、声も。
2人の技と、私達の光。
みんなの光で、影は、徐々に消えていった。
『お疲れ様』
“もう1人のタケル君”
『何?』
“あの時、夢の中で、『ダメ・ヤメテ』って言ってくれて、ありがとう”
『結局、止められなかったけどね』
“夢だから、止めてくれたのね”
『目が覚めた時の苦しさ、きっと僕はヒカリちゃんに感じてほしくなかったから』
みんなの中で生きる、実体のある彼は言った。
“僕も、お礼言わなきゃ。もう1人のヒカリちゃん…というより、僕の中のヒカリちゃんに。ありがとう”
『どういたしまして』
“タケル君も、会ってたの?”
“いや、ちゃんと会ったわけじゃないよ。危機を、教えてくれたんだ”
“危機…?”
“運動会の時に、ね”
『これから、時間はたっぷりあるんだから、詳しく話しなよ』
『そうそう。…じゃあね』
そう笑うと、私達は、ゆっくり意識を失っていった。
失う直前に、タケル君が、
“僕たち、こんなに信じられてたんだね”
と言ったのが聞こえた。
みんなの光に包まれながら、私達は目を瞑った。
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