影の中に入って、すぐ。

真っ暗な中、僕達だけがよく見える世界。

2メートルくらい前に立っていたのは、

僕達だった。



『いらっしゃい』



まるで、来ることがわかっていたかのように、

僕達のように透明ではない、もう1人の僕達は歓迎の言葉を言った。

『また、会ったね』

“え…?”

もう1人の僕は、ヒカリちゃんに言った。

“会ったこと、あるの?”

“わかんない…”

『ところでさ、君たちは、どうして自分がここにいるのか、知ってる?』

唐突に、聞かれた。

でも、不思議と相手の意図が読める気がする。…自分だからかな。

“いないはずの人間が、って意味で聞いてるのなら、
幽霊、だからだと思うけど?”

『その理由だよ』

その理由。

“…はじめ、僕がまだ羽根を付けてた頃は、ヒカリちゃんがいたから?”

理由を考える前に、質問。

答えを、知りたかった。

『そうだね…彼女を送り届けるために』

『それは、必要なことだから』

必要な、こと…。

“誰かに付いててもらうと、ほっとするから…?”

“…ヒカリちゃん、そうだったの?”

“うん”

お互い、顔を合わせずに、話した。

あの時のことをちゃんと話したことは、ほとんど、皆無に近く、話したくもなかったから。

“じゃあ、それが終わっても僕らがここにいるのは、どうして?”

『……この影、なんだと思う?』

『この影──世界はね、残された人達の、叶えられなかった想い』

質問してきたと思ったら、考える間もなく、答えがきた。

“私、わかる気がする”

“…ヒカリちゃん?”

振り向くと、彼女は俯いて、呟いた。

“「みんなが幸せに」って願ったのに、「世界平和も夢じゃないね」って、笑ったのに”

“それって…”

“どうしようもないんだけど、でも、一緒にいてほしかった…”

“僕も、そうだった”

同じだった。

もっと一緒にいたかった。

それが無理でも、ヒカリちゃんが、笑ってくれていれば、それでよかった。

『つまり、そういうこと』

『ここは、後悔の気持ちのかたまり』

『そして、その気持ちは、君たちへの思い』

僕達の、影。

みんなからの気持ち。

『さて、こっからが本題』

“本題?”

『いつかここに来たらって思っててね』

『あなた達は今、誰のことを信じてる?』

誰って…。

咄嗟に、出てこない。

みんなの顔が浮かぶけど、でも、なにか違う。

ヒカリちゃんも同じみたいで、それがまたもどかしくて、

ひたすらの沈黙が嫌になった。

『行ってきなよ』

やっと放たれた言葉は、またしてもそのまま返したくなるように、意味がわからなかった。

『みんなのところ』

“行っても、なにもならない…”

『そんなことないよ、ヒカリちゃん』

今までの言い方とは、少し違う言い方に、ヒカリちゃんは顔を上げた。

『行けばきっと、全てがわかる。全てが』

もう1人の僕たちは、言葉を句切って、にっこりと笑った。

その意味は、ハッキリとはわからない。

でも。

“行こう、ヒカリちゃん”

行けばきっと、変わるから。

今とは違うようになるはずだから。

ちゃんと、信じてるって、答えられるはずだから。

きっと、前みたいに、笑いあえるから。

あったかく、なるから。

そんな、気がする。


ヒカリちゃんは、頷いた。





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作成・掲載日:2007/02/03