見守ろうと思った。

彼の代わりに、みんなのこと助けようと思った。

みんなに希望を与えたいと思った。

誓ったのに──。



『見える現実の中で』



どうしてだろう。

みんな思う。どうして事件にあったのか。

なぜ私だったのか。みんな思う。思ってくれる。

見ず知らずの人だったら良かった、そう言うみたいに。

良くないのに。そんなこと願っちゃいけないのに。

でも、私も、タケル君の時そう思った。思っちゃった。

そして、こうなった今、タケル君と同じように、逃げた。

受け入れたくなかった。みんなの表情が。

辛そうで。哀しそうで。

とても、見てられなかった。

でも、私にはタケル君がいた。

彼の時には、私はいなかった。

でも、私にはタケル君がいた。

だから、ここには、戻って来れた。


“ここだね”

タケル君が、重く言った。

そう。ここが、私が消えた場所。

あの時より少し上から見る。

さすがに、同じ場所には、行けないから。

「賢ちゃん、ここ?」

騒がしい街の音から外れ、唐突に聞こえた声。

あまりにも突然のことで、私も彼も、驚きを隠せなかった。

「うん。そうだよ、ワームモン」

賢君と、ワームモン。久しぶり。

元々、家がお台場外だから、あまり会うことはなかった。

タケル君は、ちょっと微笑んだ。私以上に、久しぶりだから。

「意外と、賢ちゃんの家と近かったんだね」

その通りだった。お台場に住む私達は、わりとなにかをするのにこの辺りに来た。

だから、賢君の家の近くも、昔から何回も通っていた。

“あ…”

タケル君から、声が漏れた。

どうしたのかと思ったら、またしても、驚いた。

「一乗寺君」

「はい?」

とっさに返事を返した賢君は、辺りを見回した。

声を掛けた人はすぐに見つかったみたいで、挨拶をした。

「どうも。お久しぶりです」

「お久しぶりです。えっと、タケル君のお父さんですよね?」


偶然。

世の中全部、偶然。

偶然出会って、偶然いなくなって。

そして偶然、再会して。

“父さん…”

タケル君の顔は、また、笑ってた。


「見に来たのか?」

「ええ…まあ」

「そうか」

「お仕事…ですか?」

「この事件は、今でもまだ世間が興味を持っていてな」

「そうですか」

明るいテンポの曲が流れるお店。笑いあう人たち。

いつもこの辺りがどれくらい人通りがあるのかは知らないけど、通る人は、多い。

そんな中で、立ち止まって、流れの遅い会話をしている。

「始めにこの事件を聞いた時は、何も思わなかった。被害者の名前を聞くまで、まるで他人事だった」

みんな、そう。自分に関係ないことは、怖くも哀しくもない。

「聞いた時は、同姓同名であってほしいとも思った」

みんなの中にいる、愛と表裏一体の残酷さ。

知らない人なら、かまわない…?

「僕は…そうは思いませんでした」

賢君は、少し躊躇しながら言った。

「ただ、無事であってほしいとしか…」

「賢ちゃん優しいもんね」

「そうじゃないよ…。違ってほしいとかも、なにも、思わなかったんだ」

自分の紋章を、否定するかのような言い方。むしろ、感情がないような言葉。

「驚いて、真っ白になって、祈って…。
僕はもう、目の前で誰かにいなくなってほしくないんです」

「それは、誰でも同じだ」

風が、吹いた。

その風の中で、飛ばされない白いものを、私は空に見た。

“雪…?”

風がやんでも、まだそれはそこにあって。

“違うよ…ヒカリちゃん、今まで気づかなかった?”

“え?”

“僕も、初めのうちは気づかなかった。全てから逃げてて…”

“どういうこと?”

私が言い終わった途端、白いものは、上に昇っていった。

なにか、人のような光が付き添ってる。

“ヒカリちゃんも、あんな感じだったんだよ”

辛そうに下を向きながら言ったタケル君の言葉を聞いて、瞬時に私は理解した。

そして、よく見れば、ずっと遠くにもそれが見えて。

もっとよく感じれば、雪は、天に向かって降っているようだった。


「人間、目の前から人がいなくなるのは、たとえ他人でも良くは思わない」

「本当は、他人でも助けたいんですよね」

「ああ。どんな小さな命も失いたくないんだ」

無理だよ、そんなこと…。

こんなに、こんなに魂は昇ってるんだから。

“ヒカリちゃん”

今は重力なんて関係ないけど、でも、私は崩れ落ちた。

会話の中には、とても嬉しい言葉もあった。

でも、なんだかもうどうでもよくなる、虚脱感。

もう、全てがわからなくなった──。


「失ってしまったら、それを受け入れるしかないですけどね…」

“時間は、戻らないからね”

風に乗って聞こえる賢君の声に、タケル君は、独り言のように言った。

“あ、そうだ。父さん、お仕事ご苦労様”

私も、いつかはタケル君のように、笑える日が来るのかな…?

笑顔で感謝の気持ちを言うタケル君を見て、私はそう思った。





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作成・掲載日:2006/11/23