「危ない!!」


──そう言ったのに、どうしようもなく、

気が付けば、僕は羽根の役割を果たしていた。



『みえない幸せの中で』



隣には、ヒカリちゃんがいる。

ちゃんと、潔く、想いを伝えて去ったのに。

“会いたい”と言う本当の想いを隠して、“会わない方が良い”と言った、あのホワイトデー。

あの日、僕があげたのは、もらったチョコレートとはまるで釣り合わない想い。

だから、ちゃんと、遅くなったけど、本当に遅くなったけど、お返しを、渡し直した。

なのに。

なぜ──?

なんで君は隣にいるの?

見守ろうと、決めたのに。

やっと、笑顔が戻ったのに。

でも、あの日、僕は彼女の魂を、


ムコウに送り届けたんだ。


そして、また彼女がこの場所に戻ってきてしまった時には、

もう僕の背に、羽根はなくなっていた。



“タケル君”

名前を呼ばれて振り向くと、ヒカリちゃんは海を見ている人を指さした。

“あれは…太一さん?”

公園から海を眺め、顔をうつむけている人物。それは紛れもない、僕らの大切な人。

“行ってみても、いい?”

ヒカリちゃんが、聞いてきた。というよりも、行きたい、と言っていた。

僕は軽く頷いて、太一さんの元へ飛んだ。


近くで見ても、顔をうつむけ、表情は見えない。

声をかけても、聞こえない。

“お兄ちゃん…”

どんなに言っても、ヒカリちゃんの声は、僕にしか聞こえない。


少し経ってから、静かな公園に、聞き慣れていた声が聞こえた。

「あ、ほんまにいましたで、光子郎はん」

「…太一さん」

テントモンと、光子郎さん。

久しぶりだな…少し身長伸びたみたい。

「光子郎…どうしたんだ?」

「アグモンに言われたんです。ここにいるって」

光子郎さんは、太一さんの隣まで行き、海を見た。

「綺麗ですね」

心のこもっていない、棒読みの言葉。

「だろ」

「なに、考えてたんですか?」

「ん?……いやさ、人間こんだけいて、犯罪に巻き込まれるのって、どれだけなのかな、と思ってさ」

「確率を、知りたいんですか?」

「べつに」

「そうですか」

冷たい空気。季節の所為だけではないだろう。

無言の2人。ただ、海を見つめている。でもきっと、海を見ているわけじゃない。

「なあ、光子郎」

「はい」

「この世に幸せって、溢れてるよな」

「どうしてそう思いますか?」

「だーってよぉ、これだけマンションがあって、住宅街があって、人がいる。

喧嘩してようがなにしてようが、食って寝て…平和なもんだよなぁ」

「たしかに、それを幸せと呼ぶのなら、溢れてるかも知れませんね」

淡々と行われる会話。

いつもと同じような調子で話す、太一さん。

どこか遠くを見ているような、光子郎さん。

そして、場を見守っている、テントモン。


「……なんでだよ」

沈黙を、小さな呟きが破った。

「んで、ヒカリなんだよ…どうして…なんでなんだよぉ、ちくしょー…」

「…」

「俺の所為だ」

“…お兄ちゃん?”

「俺が、俺があいつに、髪切ったらどうだ、なんて言わなきゃ…」

「聞きました。ヒカリさん、美容院から出てすぐだったそうですね」

「ああ…。お袋が調べてさ…おかげで、俺以上にお袋、自分の所為だって…」

“そんな…2人の所為じゃないでしょ!?だって、私が自分で決めて行った”

「なんで、あのタイミングで、店出たんだろうなあ。どうして、なんで、日本で拳銃持ってる奴なんかに出くわすんだろうな」

「アメリカだって、こんな事件、普通起きないわよ」

太一さんの話を聞くのに夢中で気付かなかったけど、いつの間にか、ミミさんとパルモンが、来ていた。

「ミミちゃん…」

「どうしてここに?」

「休日だもの。静かそうなところを歩けば、すぐ見つかるわ」

「…本当は、遠くから光子郎の姿が見えたから来てみたんだけど…」

「パルモン、その話はあとで」

「ごめん…」

ミミさん達は、たしか今日光子郎さんの家に行くのを見かけた。

目立つ髪はさすがに普段の色に戻していたけど、パルモンは隠せない。

おそらく、ミミさんがいる間にアグモンから連絡があったのだろう。それで、光子郎さんを追いかけて…。

「…太一さん。私、本当はまだ信じられないの」

「ミミさん」

「ヒカリちゃんのことも、…タケル君のことも。こっちにきて、ついつい姿探しちゃったくらい」

ミミさんは、光子郎さんが止めようとしたのも気にせず、一気に言った。

「道ですれ違う人とか、みんな幸せなんだな、なんて思っちゃったりして…もちろん、良いことなんだけどね」

「本人達が気づいてるかわかんねえけどな。幸せって、見えねーもんだし」

「だから、良いんじゃないですか?」

「……そう、かもな」

光子郎さんの言葉に、太一さんは、そう返事を返した。

見えないから、良い。

そうかも知れない。

実際に、幸せが目に見えるものだったら…。


「光子郎はん。ほな、そろそろ」

「では、太一さん。僕らはこれで」

「ああ…」

「また、午後」

そう言って、光子郎さん達は、ゆっくりと歩き出した。

「私も。また、午後に」

ミミさん達も、歩き出した。

「あ、そうだ太一さん」

光子郎さんが呼びかけた。でも、太一さんは耳を傾けるだけで、目は海を向いていた。

「雨が降ってきたら、すぐ帰って下さいよ。風邪ひきますから」

「おーう」

気のない返事を返し、太一さんは手をひらひらと振った。

今にも雨が降りそうな今日。

文化の日は、晴れやすいと聞いたけど、あいにくと霧まで出ている。

“タケル君”

ヒカリちゃんは、うつむいた顔で、飛び立った。

僕も、聞こえないのを承知で太一さんに声をかけ、後を追った。


向かう先は、おそらくお台場外の、どこか。

こんな時は、あまりみんなの近くにはいたくないから。

そう思って、黙認するような形で、僕はヒカリちゃんについていった。

霧に隠れたお台場は、つい始めの冒険を思い出させる。

遠目で見ると、またしてもフジテレビになにかが居そうで。

僕らはまた、霧を晴らすことが出来るのだろうか。

みんなの太陽が、また輝く時が来るのだろうか。


雨が、降ってきた。




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作成・掲載日:2006/11/03