海を出てから、1ヶ月が過ぎた。

全速力で飛んできたのに、時間が、とてもかかってしまった。

でも、どうやらその時間も含めての、嫌な予感、だったらしい。



『心でわかっていても』



久々の、学校の上空。

今日は運動会らしい。

いろんな人が校庭にいる。

しかし、嫌な予感がするのは、校舎内からだった。

パソコンルーム。

そこに彼女はいた。

窓の外を見ながら、たまにスタート合図の音にビクッと動いたりしてる。

考え込んでいる。

瞳は常に下を見ていて、今にも涙がこぼれそう。


「どうしてなのかな…」

ぽつりと、ため息のように、彼女は言った。

「こんなに苦しいのに、後追いのひとつもできないなんて…」

後追いって…僕の? だ、駄目だよそんなこと!!

「大好きなのにね…一緒に、いたいのにね」

「確かに、タケル君は絶対こんな事望んでないと思うけど…でも、それって、言い訳かなあ」

“違うよ!!”

僕は思わず、叫んだ。

木の陰に隠れて。

「タケル…君!?いるの?!そこにいるの!?」

“駄目だよヒカリちゃん…絶対に。僕は、ヒカリちゃんが元気に笑ってないと、喜ばないよ”

「……」

“わかってるんでしょ…?ヒカリちゃんだって、わかってるんでしょ?”

「……わかってるよ」

「そんなこと、わかってるよ。タケル君の望みが、『みんなの幸せ』だってことくらい…痛いほど、わかってるよ…」

“ヒカリちゃん…”


沈黙。

震える声は、次に何を言えばいいのかわからない。

どうすれば彼女を救えるんだろう。どうすれば、『幸せ』になってくれるんだろう。


「ねえ、タケル君」

沈黙を破り、騒がしい催し事のさなか、神妙な声で、話し出した。

「タケル君は…いつもどこにいるの?」

“え…どこって…”

「どこで、何してるの?」

“別に、何って事は…”

「ここに、来てくれないの?」

“…”

「見守るって、言ったよね?」

“いつも、想ってるよ。どこにいても。ずっと”

「でも、見守るって言った!」

“僕だって見守りたいよ!でも、ヒカリちゃんの前には、出られないから…”

「何で…出てきても、いいのに…」

“だって僕は”
「言わなくていいよ。わかってるから」

「本当は、全部わかってる。理解してる。なのに…」

“…あのさ、ヒカリちゃん”

“もう、苦しまないで”

“笑って。楽しんで”

“僕はそれを望んでるから”

“僕はずっと…見守れなくても、応援してるから”

“だから…頑張って。僕の分も、頑張って”



「うん。そうだよね。…ごめんね。今やっとわかったから。もう、大丈夫だから…」

何かが、抜けた。

力が?空気が?…何か、のどに詰まっていたものが。

なぜだか、もう大丈夫、と、思えた。

「私、もう行かないと。そろそろ、うちのクラスの番だと思うから」

“わかった。応援してるね”

「タケル君。最後に、お願い、聞いてくれる?」

“なに?”

「私の前に、出てきて」



「不思議。あんまり、久しぶりって感じがしない」

僕が木陰から出ると、彼女は笑ってそう言った。

“僕も、そんな感じ”

自然と、手と手を合わせる。

触れるわけじゃないけど、なんとなく、触れている気がする。

「ヒカリちゃーん!!」

下から声がした。見てみればそこには、

「もううちのクラスの番だぜー。早く並ばねえとー!!」

「それ言ったら大輔、あんたもでしょ?」

「ヒカリさんのことは僕たちに任せて、大輔さんはもう行った方が良いですよ」

「うるせえな!ヒカリちゃんだけ遅刻にするわけにはいかないだろ!!」

大輔君と、京さんと、伊織君。

ヒカリちゃんを呼びに来たみたいだけど…しっかし、久しぶりに見るけど、変わってないなあ。

「今行きまーす。…じゃあね、タケル君」

“うん。頑張ってね”

「うん。応援しててね」

そう言うとヒカリちゃんは、手を離してドアの方に小走りになった。

そして、ドアに手をかけた時に少し止まって、こっちに振り向いた。

運動会の声援や音楽で声はよく聞こえなかったけど、確かにヒカリちゃんは言った──。

“僕も”

その言葉に僕は返事をし、ヒカリちゃんはちょっと赤くなって笑うと、走り去っていった。

さて僕も、どこか見やすいところに移動しようかな…。



──「大好きだよ」





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作成・掲載日:2006/10/09