今日は、父の日。

夏が近づき梅雨に入った6月の、唯一の行事がこの日。

お店には「お父さん、いつもありがとう」と書かれた垂れ幕がかかり、

ネクタイなどが、売られてく。

このところ、彼のことばかり考えていたけど、

お父さんに、毎年恒例のプレゼントを渡した。



『どうしてもなにかをしたくて』



「はい。お父さん」

私は、お兄ちゃんとお小遣いを合わせて買ったプレゼントを、 お父さんに渡した。

「お〜。ありがとな〜」

お父さんは、ぎこちなく言った。

「お父さんったらね、今年はヒカリからプレゼントもらえるか、 不安だったのよ」

お母さんが、キッチンから出てきて言った。

「え?なにそれ?」

「ほら、ヒカリももう来年は中学生でしょ?」

「あ〜。そーゆーこと」

お兄ちゃんがわかったような声を出した。

「どういうこと?」

「うちのクラスの女子、父親のことボロクソ言ってたもんな〜」

「……ああ」

なるほど。その、“お年頃”ってやつのことか。

「あー。ヒカリもそのうち、お父さんのことを『親父臭くて嫌い』とか 言い出すのかな…」

「そんな事言わないわよ〜」 

私は、お父さんがあまりにも寂しそうな声で言うので、 思わず笑ってしまった。

「でも、いつかはお父さんの元を去って行くわけだし」

そう言うとお父さんは、新聞を開いてある記事を見せた。

『憧れのジューンブライド 今年一番人気の結婚式場』

「……おい、親父」

「気が早いわね」

お兄ちゃんとお母さんがが呆れて言った。

「いや。どこの父親でも思うだろ。娘の晴れ姿だ。  しかし、自分の元を離れていく姿というのは…」

「うちの場合、父親の元、と言うより兄の元かもしれないけどね」

お母さんが冗談混じりに言った。

「…う〜ん。あり得ない話じゃなかったりして」

私も、その冗談に乗るように言ってみた。
…もっとも、ちょっと前の私だったら、あながち冗談じゃなかったかも しれないけど。

「「おいおい。そりゃないだろ」」

お父さんとお兄ちゃんが同時に言った。

「あはは。冗談よ。…大丈夫。私は、お嫁になんかいかないから」

私には、わかっていた。一生お嫁にいくことがない、ってことが。

「じゃあ、宿題しなきゃいけないから」

私はそう言って、多分お兄ちゃんを中心に、流れた気まずい空気を後に 、部屋に戻った。


パタン。

ドアを閉めて、私はそのまま座り込んだ。 

「ふー」

そして、先月のことを想い出してため息が出る。 

“ヒカリちゃん…”

私に向けられた、あの声を。

今想い出すと、困っていた声。

動揺していた。ある意味、怯えていたのかもしれない。

だって、あんなに否定したんだもん。

自分がここにいる、ってことに。
たぶん、私と会ったことで、その想いが膨らんじゃったんだろうな…。
いちゃいけない人、って。

幽霊は、幸せになっちゃいけないって。

そう思って、私から離れたんだ。
でも……。


──私、今、幸せじゃないよ?──

半年前にも思った。

彼がいなくなった日に、思った。


「…ねえ、タケル君」
私は、呟いた。

“…なに?”
って、返事が返ってくる気がして。


たった一つ。

聞きたいことがあるの。

初詣の時に願った言葉、今でもそう願ってるの?って。

私は、願ってるよ────。


“ごめん…それは、出来ないんだ…。”

先月聞いた言葉が、返事として返ってきた気がした。

“だって、僕はこの世にいちゃいけない人だから。”

多分これが、彼の答え。

なにを聞いても、『いちゃいけない人』だからって。

いてはいけないもの。ここにいるのは事実でも、会ってはいけないもの 。なによそれ。

「幽霊だろうと、天使だろうと、会っていけないわけないじゃない…」

涙がこぼれる。半年前のあの日とは違う、涙が。

会えなくなった悲しみ。

半年前はそれだった。

でもそれとは違う。

会えなくなった悲しみだけじゃない。

想うだけ、というのは同じかもしれないけど、違う。

だって…。


「どこかに、いるんでしょ…?」


会いたい。

けど会えない。

会えないってワケじゃない。

でも、会えない。

どこかにいるのに。

話もできるのに。

触れることは出来ないけど、楽しかったのに。

嬉しかったのに。幸せだったのに。


……だから、会ってくれないんだよね。


本来はいない存在だから。

普通は、あり得ないことだから。

でも、私には見える。

生来の不思議な力のおかげで、見える。

これほど自分のこの力を嬉しく思ったことは、なかった。


でも、その力のおかげで得た幸せは、

不幸をもたらす幸せ。

そういうこと?そういうことなの?

幸せなのに、幸せであってはいけない。

変わっていないように見えて、

今までの私達とはまるで違う。

違っているのは、触れることが出来ないことと、

どこでも話したり出来ないこと。

あとは、なにも、変わっていないはずなのに──。


なのに、離れていくんだね。

君は、離ればなれになるのが一番嫌いだったくせに。

大切な人と離れたときの悲しみを、

一番わかっているのは、タケル君なのに。


…それなのに、私を想って離れてくれたんだよね。


わかってる。

そんなこと、とっくにわかってる。理解してる。 

でも、行かないで。

そんな事言われても、困るとおもうけど、

でも、行かないでほしかった。

せっかく会えたのなら、もっと一緒にいたかった。

別れるのが辛くなるのはわかってるけど、

でも、1月に偶然会ったときから、運命はそうだったのかもしれな い。

なのに、彼は1つだけ言い残して、去ってった。

どこに行ったのか知らないけど、たった、1つだけ。

“感謝してるから”

って。

そんなの、わかってる。

半年前にも言ってたじゃない。

そのとき、“ずっと、ずっと、見守らせて、下さい”って、

言ってたじゃない。

謝ってないで、こたえてよ。

謝るよりも、約束を果たしてよ。

みんなに、言ったんだから。

神様にも、お願いしたんだから。

私は、その願いを、実行するからね。


────みんなが幸せになれますように。





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作成日:2006/06/17
掲載日:2006/06/18