「危ない!!」


──その日、僕はみんなの前から姿を消した。


はずだった。



『光。そして幸せ。』


みんなに最期の別れを告げた後、僕は約束通り見守ろうと想い、
空を飛び、様々な人を見た。

みんな、もちろん僕には気付かない。

それは、わかっていたことだけど、やはり悲しかった。

誰かにわかってほしかった。僕は、ここにいるって。

だから、あの日のあの瞬間、僕は夢でも見ているのかと思った。


そう。彼女の前を横切ったとき。

彼女は、僕を見て、言ったんだ。
「…タケル…君…?」って。

お互い、驚きで声も出なかった。

まあ、当たり前だよね。
いなくなった人がいきなり目の前に現れたら。
誰にも見られないはずなのに声をかけられたら。

誰だって、驚くよね?

…でも、本当に嬉しかった。


だからつい、彼女と話をしてしまったのだけれど。

彼女は、色々と言ってきた。
ありがとうとか、ごめんねとか。

あとでわかったことだけど、いなくなって初めて気付いたんだって。
──それは、僕も同じだよ。

ただ、僕の場合は、感謝とか謝罪だけなじゃないけど。


彼女への想い。それは、守りたい気持ち。でも、それだけ?
違う。近くにいたい気持ち。
そのことに、気付いてしまった。

最期の別れを言うときに、家族の他に、誰よりも近くにいたいと想った から。

…今になって想っても、遅い…ううん、遅すぎるけどね。

だって、また会えたとはいえ、言えない想いってコトに変わりはないん だから。

だからこそ僕は、本当の気持ちを隠して、今まで通りに振る舞った。


しかし、どこまで隠していけるのだろう?

そもそも、このままこうやって過ごしていって、良いのだろうか?


“良く…ない…よね…”
僕は、最近ずっとこの言葉を口にしていた。
だって…そうでしょ?

「みんなが幸せになりますように」

僕は…確かにそう願ったんだから。
だったら…なんで?
なんで、彼女の幸せを妨げてるの?

なんで、なんで、平然と彼女の前に姿を現せてるの?

…簡単なことだよ。それは、

僕が彼女に会いたいからなんだ。


…なら、もう会わない方が良い。

僕だけのために行くなんて、彼女の幸せも考えずに…。

…でも、前に彼女は言ってたよね?
「私今、とっても幸せだよ?」って。

その言葉に僕は、なんて答えたんだっけ?
…“僕もだよ”って言ったんだっけ?

…よく、覚えてないな。そんなに前のことだっけ?

確か、バレンタインデーの時だったと思うけど…。

そっか。バレンタインか…。



もうすぐ、ホワイトデーだ。
世間じゃバレンタインほど騒がないけど、れっきとしたお返しの行事。
…さて、今年のお返しはどうしよう?

今までは、ちゃんとキャンディーとかあげてたけど、
今年は物をあげることは出来ないし…。


…そもそも、お返し、しちゃって良いのかな?
そりゃ、お礼はしなきゃいけないかも知れないけど、
でも、これ以上、この姿になった僕は、彼女に会ってはいけない。

だって、彼女に迷惑がかかるから。

彼女の幸せを願うんなら…。


考えるまでもない。…1つしかないじゃないか。




そして、ホワイトデー当日。

僕はまた、いつものベランダに行った。
少しの間、宙に浮いて待っていると、カーテンを開ける音がした。

振り向くと、彼女がベランダに出て来て言った。

「おはよう」
いつもと同じ、可愛い笑顔を僕だけに向けてくれる。

“おはよう”
僕も、それに負けないくらいの、僕史上最大の笑顔を彼女に向けた。

彼女は、少し頬を赤らめて、何か言いたそうにしたけど、僕はあまり気 にしないようにしながら、話し出した。
“…今、時間ある?”

「え?うん。あるけど?」
“良かった。今日はホワイトデーだから、お礼したくてさ”
「あら。ありがとう」
彼女は、にこにこと楽しそうに言った。
この笑顔を、もう2度と見られなくなるのは少し残念だった。
でも…。

“物は、あげられないからさ。話なんだけど…良いかな?”
まあ、今さら、彼女がダメだと言っても変わらないんだけど。

「お話?良いわよ」
彼女は、快く、心底楽しそうに言った。
これからの話は、彼女にとって、悲しい話でないと良い。
この笑顔を、壊したくないから。

“ごめんね。なるべく、手短にするから”
「ううん。大丈夫よ。気にしないで。お話、聞かせて」
“うん。…あのさ、ヒカリちゃん”
「なに?」

「僕今、とっても幸せだよ?」

“…私もだよ、タケル君”





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作成日:2006/03/12
掲載日:2006/03/14