『循環する気持ち』
デジタルワールドの、僕の現在、そして永遠の家で、
僕はまた、12時間前の事を考える。
12時間前、彼女はまた、僕に会いに来てくれた。
今日は、(今ではもう昨日だけど)ひな祭りなので、桜餅を持って。
僕は、桜餅を食べながら、僕がいなかった時の話を、彼女から聞いていた。
「…でね、おひなさまって、早く出して早くしまわないと、お嫁にいき遅れるんだって。
だから、京さんもミミさんも、張り切って早く出してたわ」
“そういうヒカリちゃんも、今年は早くなかった?”
僕は、意地悪っぽく言ってみた。
「だーって、お兄ちゃんが早くしろーってうるさいんだもん」
“へー。太一さんが?普通、こんなにカワイイ妹がいたら、
お嫁になんかいかせたくないと思いそうなのにね”
そう言いながら、僕は意味ありげに笑ってみた。
「…そんなぁ。私、最近お兄ちゃんとあまり遊んでないもん。可愛い妹じゃないよ〜。」
“(ヒカリちゃん、それ、すこーし意味違くない?)”
僕は、表情を変えずに、心の中で少し突っ込みを入れた。
「それに、私がお嫁にいけないかもーって思ったんじゃない?」
クスクス笑いながら、ヒカリちゃんは言った。
とっさに僕は、言おうとした言葉を引っ込め、
同時に顔を少しうつむけてしまった。
「…どうしたの?」
ヒカリちゃんが、すぐに気付いて聞いてくる。
“祈ってたの。ただでさえ多いであろう、
ヒカリちゃんのことが好きな人が、もっと多くなりますようにって”
「なにそれ〜」
笑う彼女を見て、僕も笑顔を返す。
しかし、僕の心の中は、あまり願いたくないことを願ったこと、そもそ も願いたくないと想ってしまったこと、
そして、さっき呑み込んだ 言葉のことでいっぱいだった。
そして、12時間以上立った今でも、まだ心を満たしている。
“大丈夫だよ。いざとなったら、僕がヒカリちゃんをお嫁にもらう から”
以前の僕なら、冗談っぽく笑って言っていただろう。
そして、彼女も、笑ってそれに答えていただろう。
“こんな事、考えちゃダメなんだ”
僕が口に出した言葉は、この静かなデジタルワールドに、
僕にだけ聞こえる音として伝わった。
僕の存在は、僕と彼女にしかわからない。
そして、僕の存在は、彼女に平凡な幸せを届けることは出来ない。
そう。僕は、見守ることを選んだから。
みんなの幸せを、祈ることを選んだから。
僕が誰かを幸せにする事なんて、願っちゃいけないんだから。
考えちゃいけないんだから。
僕が彼女に、冗談でなく本当に大切に想っていることなんて、
考えちゃいけないんだから…。
今日も僕は、ここに来てしまう。
彼女に、“おはよう”を言うために。
彼女に、「おはよう」を言ってもらうために。
彼女の、そのときの笑顔を、見るために。
…その笑顔が、僕だけを見ていると、いつも考えてしまうのに…。
そして今日も、“ヒカリちゃんのため”を言い訳に、
これ以上考えないように、すぐに、ここから立ち去る。
“いつまでもこんなことしてちゃいけない。”
ということから、逃げるように…。
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作成日:2006/03/01
掲載日:2006/03/03