「危ない!!」


──その日、普通の下校時に、普通に正門くぐったら、
気が付けば、彼の声と同時に、車が私達の目の前にいた。


『希望。そして幸せ。』


つい先日の事。選ばれし子供のみんなで、初詣に行った。

その時の彼の願いは、「みんなが幸せになれますように」
彼らしいよね。

その願いを聞いて、大輔君は、「優等生ぶりやがって」って、
怒ってたよね。
彼は、特に否定するわけでもなく、笑って、からかってたっけ。

そう。いつも通り。これが、私達の日常。
…あ、初詣なんだから、日常の事じゃないか。

ちなみに、私の願いはね、
「みんながデジモンと仲良くなりますように」

だからね、彼の願いと両方が叶えば、
「世界平和も夢じゃないね!」って、みんなで、笑ったの。

みんな、冗談半分だったと想う。
…私も含めて。

でもね、彼は、違ったんじゃないかな?

…今になって想っても、遅い…ううん、遅すぎるけどね。


今日はこれから、彼のお通夜が始まる。
世界中の仲間が、彼のために集まる。

みんな、来てすぐに、なにがあったのか教えてくれって言う。
別に。ただ、学校に車が来ただけだよ。
理由は知らないけど、意図的に、すごい速度で入ってきただけ。

危なく、私を始め周りにいたみんなは、その車にぶつかるところだったね。

彼が、声をかけなければ。
彼が、みんなに危険を知らせなければ。

そうすれば、今、みんなはここに集まってないだろうね。
でも、彼は、危険を知らせた。
…自らを危険にさらしてしまったけれど。

それでも、彼は良かったんだって。
私達が駆け寄って、確かにそう言ったもの。

「…パタモン…ヒカリちゃん…みんな…無事…?
 …そう…なら…良かった…」

“良かった”
それが、彼の、最期の言葉。



「良く…ない…よぉ…」
私は、お通夜の最中に、声を殺して言った。
だって…そうでしょ?

「みんなが幸せになりますように」

君は…確かにそう言ってたよね?
だったら…なんで?
なんで、世界中の仲間達を、悲しませるの?

なんで、なんで、私を悲しませるの?
私、今、幸せじゃないよ?


──カタン!
音がして、ふと、我に返った。
何かと思えば、彼の位牌が倒れていた。

その時、私は、何かあたたかい感じがした。
なにか、安心する感じ。大丈夫…なにかが、大丈夫。

そんな感じがした。
でもそれは、私だけじゃないみたいだった。

周りの人たちも、位牌を直そうとせずに、なにか不思議そうな 感じだった。

「あっ…!」

私は、一足早く、気が付いた。

彼が、少し浮きながら、私達の方へ来るのを。

そして──。

“みなさん。こんな僕のために集まって頂き、
   本当にありがとうございます”

“皆さんには、本当に、お世話になりました。
 皆さんがいたから、僕は、生きていられたんです”

“皆さんの希望が、僕の希望。僕の、最大の個性でした”

“こんな、周りの人がいなければ…皆さんがいなければ、
 どうしようもない僕を、必要としてくれて、”

“本当に、ありがとうございました”

“本当はもっと、もっと、色々と言いたいんですけど
 …すみません。上手く、まとめられなくて”

“その…みなさん…幸せになって下さい”

“なにがあっても、あきらめないで、
     幸せな未来を、信じて下さい”

“…僕が言えるのは、これだけです”

“僕は、これからも、皆さんの幸せを、願ってます。
  …願わせて、下さい”

“別に、なんの得にも、足しにも、ならないでしょうけど”

“みなさんの事を、ずっと、ずっと、見守らせて、下さい”


そう言うと、彼は、消えてしまった。
みんな、しばらくぼーっとしてた。
…涙を、流しながら。




「おはよう」

今日も私は、着替えを終えるとすぐに、ベランダに出て言った。

“おはよう”
すぐに、上の方から声がする。

私にだけ見える、彼。
白い羽根で自由に飛び、みんなを見守ってくれる、彼。

「今日、3時に、会える?」
私は、目の前まで降りてきてくれた彼に、問いかける。

“…待ってる”
彼の返事を聞くと、私は、「じゃあ、またあとでね」と言い、
部屋に戻る。


私に彼が見えるのは、まだ誰にも言ってない。
だから、あまり長く話せないんだ。
変に思われるでしょ?
それに、この部屋には、お兄ちゃんもいるしね。
…寝てるけど。

「おにいちゃ〜ん。早く起きないと、約束の時間に  間に合わないよ〜」


約束とは、毎年恒例の、選ばれし子供バレンタイン計画。
今年のみんなのチョコは、どんなのかな?
毎年、各自手作りなんだよね。

もちろん、私も。8人分ちゃんと作った。
みんな、喜んでくれるかな?


ちゃんと、喜んでくれたみたい。
大輔君なんか、「ヒカリちゃんの手作りだー!」って。叫んじゃって。
お正月に、手作りのおせち料理食べたでしょ?

ミミさんのチョコは、「なにがでるかお楽しみ」なチョコ。
空さんのチョコは、シンプルで大人っぽいビターチョコ。
京さんのチョコは、コンビニのチョコ全種類使った特製チョコ。
私のチョコは、これまたシンプルな、でも甘いスイートチョコ。

それらのチョコ各1個ずつ、私は紙袋に入れて、みんなと別れる。
事前に女子のみの打ち合わせの時に、決めた事。

そう、彼へのチョコ。
話し合って、1番時間のある、私が行く事になった。


約束の、3時。
私は、彼のお墓の前に来た。

「…お待たせ」
彼は、自分のお墓にもたれて立っていた。

「はい。バレンタインのチョコ」
私は、彼の目の前に紙袋を差し出した。

“今年は、どんなのかな?”
彼は、待ち遠しそうに、笑って言った。

私は、紙袋を、お墓にお供えした。
すると、彼の手の上に、紙袋が現れた。
彼は、袋を開けるとすぐ、「おいしそう」と言って、
私のチョコをかじった。

「…どう?」
“甘くて、すっごく、おいしいよ”
「…良かった。他のみんなのも、食べてみて」
私がそう言うと、彼は私のチョコの残りを食べずに、
ミミさんのチョコを食べ始めた。

“…うわーミミさんのチョコ、これ、なに入れたんだろう?”
「…さあ?みんなのには、あんことか、卵焼きとか、あと、
梅干しとか、入ってたけど?」
“…さすが、相変わらずだね、ミミさん…”
あきれたような笑い方で、彼は言った。

「…帰ったら、私も食べてみるわ」
私は、中身が気になるので、そう言った。
…彼も、知りたいだろうし。

“うーん、でも、知らない方が良い事もあるからなー”
そんなにまずいのか。
「…もしかして、1番のはずれだったのかもね」
“余り物に福があるって、昔から言うのにね”


私達は、いつもと変わらない、「日常」の会話をしていた。
久しぶりに彼と長く話せて、私は嬉しかった。楽しかった。

彼が空さんのチョコを食べて、
“これって、大人の味って感じだね。…僕って子供だなー”
って言うことや、

京さんのチョコを食べて、
“…ある意味ミミさんのチョコよりすごいよ。いろんな味がする”
って言うこと。

それに対して、私が言うこと。
その全てが、心の底から楽しかった。
彼と、ちゃんとした会話ができるのが、嬉しかった。


“…もうこれでおしまいか〜。残念だな〜”
みんなのチョコを食べたあと、一口かじった跡のある
チョコを見ていた私に、彼が言った。

「ふふ。あとはまた来年のお楽しみよ」
私はそう言いながら、お供えしてある紙袋に手を伸ばした。

“あれ?片づけちゃうの?”
彼の声を聞いて、とっさに手を止める。

「え?ダメ?」
“まだ残ってるじゃない。ヒカリちゃんのチョコが”
彼は、私がさっきまで見ていたチョコを手に持って見せた。

「あれ?それ、食べてくれるの?」
“もちろんだよ。もしかして、口に合わないから残したと思った?
 ごめんね”
…相変わらず、私の気持ちをすぐに察知して謝る。
それ、前から変わんないね。

「でも、それならなんで始めに全部食べなかったの?」
私は、いつも彼の気持ちを知ることはできない。

“だって、ヒカリちゃんが作ってくれたチョコを、
 1番最後に食べたかったから”

彼は、今となっては文字通りの「天使の微笑み」を浮かべながら、
さらりと言ってのけた。
私は、少しほほを赤らめながら、なんと言おうか迷っていた。

「…ありがとう」
丁度良い言葉が見つからなくて、とりあえず、お礼。

“こちらこそ、おいしいチョコを、ありがとう”
そう言われちゃあ、返す言葉がない。

私は、「もう…」と言いながら、困ったような笑顔をして見せた。
そして、彼は笑った。
声を上げて、笑った。
私も、つられて、笑った。


それから私は、帰らなきゃ行けない時間ぎりぎりまで、 彼と話をしていた。

彼が見ていなかった時の、私のこと。
そして、彼が見ていた、いろんなこと。

このお墓は、デジタルワールドにあって、周りに誰もいないから 長時間感情を出して話せた。

普段私の家のベランダじゃ、あまり喜怒哀楽の表現は できないからね。…誰かに見られたら大変だから。

彼も、私の世間体のことを考えてくれているみたいで、
朝の挨拶も、いつも控えめに短くしてくれてる。

でも、やっぱり、それだけじゃ寂しい。
だから、たまにここに来ては、よく、お話しする。

でも、気をつけないといけない。
意外に、デジモン達もお参りしているみたいだし。

それに、世界中の仲間が、お参りに来るから。
そのためもあって、この場所にお墓があるんだし。

こんな話も、彼は笑って私とする。
別に、私も彼も、悲しくなんかならない。

だって、楽しいから。
2人で話せることが、嬉しいから。
だから…。


「じゃあ、また来るね」
私は、中身の入ったままの紙袋を持って、彼に言った。

“うん。今日は、ありがとうね。楽しかった”
「私も。すっごく楽しかった」
“良かった。また、来てね”
「うん。…あのさ、タケル君」
“なに?”

「私今、とっても幸せだよ?」

“…僕もだよ、ヒカリちゃん”





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作成日:2006/01/30
掲載日:2006/02/14