「それにしても、京さんテンション高かったな〜」
 夏前に来た連絡を思い出して、タケルは笑った。
 賑やかな居酒屋の一角。差し向かいで飲むヒカリのグラスに、ビールを注ぐ。
「京さん、タケルくんのところにまで連絡するなんて、本当に嬉しかったのね」
「何その言い方。…まあ、僕も何事かなとは思ったけど」
 普段個別に電話などしない人からの突然の連絡。吉報か悲報か、訝しんだものだ。
「まさか、『賢くんと付き合いました』報告を入れるなんてね」
「結婚報告かと思ったよ」
 長年押しに押している様子は見ていたものの、よかったね、以外の言葉はない。
 良い方に冷たさでも感じたのか、ヒカリは拗ねた風に言う。
「私はずっと色々相談されてたから、おめでとうって思ったけどなあ」
「こっちも話は聞いてたからね。いつかは成就するって思ってたよ」
 賢から京への想いは、果たして恩や感謝だけなのか。そんなことを話した男子会もあった。
「結婚式が待ち遠しいわね」
「気が早いよ」
 そうは言うものの、きっとすぐにその日はやってくるのだろう。大人は時が経つのが早いと言うし。
 ビールの泡をぼんやりと眺めて、タケルは未来を思った。
「……私たちも、大人になったのね」
「何を今更。こうして飲んでるのに」
「そこも含めて、よ」
 ヒカリは、ビールをぐいっと飲んだ。
「似合わないなあ」
「タケルくんもね」
 言われて、手元のジョッキを見る。手に馴染む大きさだ。かつては重すぎて驚いたというのに。
「もう21歳かあ」
「お誕生日おめでとうございます」
 決まり切った言葉には、からかいの音。
「ヒカリちゃんだってすぐこういう気持ちになるって」
「私はまだ思いたくないなあ」
 タケルは、僕だってという言葉をビールとともに飲み込んだ。
「これが大人かあ」
「言っちゃった」
 口に出したのは気持ちの半分程度だけれど。
 タケルの表情に、懐かしむような陰が落ちる。
「この前さ、大輔、賢、ルイくんの三人と飲んだんだけど」
「伊織くんがかわいそう」
「スケジュールの都合だよ」
 ちゃんと誘ったと言外に伝えつつ、タケルは自分のグラスにビールを注ぐ。もうすぐ無くなりそうだ。
「私たちも誘ってくれればよかったのに」
「賢へのお祝い会だったから。ついにファンの気持ちに応えたんだねって」
「ファンって」
 実際、押せ押せの京を間近で見ると、そういう風に形容したくもなる。
 ただ、それは似てもいるのだ。
「大輔はどうなのって聞いたらさ」
 ヒカリの顔色は、変わらない。飲んでも赤くならないタイプらしい。
「私たちは、変わらないわよ」
 真剣に告白されたら考えるのだろうが、未だにそういうのはないらしい。
 それを知っていて、どういう関係なのかと訊いた。平たく言えば、ちょっかいを出しただけだった。
「うん、大輔もそう言ってた。べつにって。むしろお前はどうなんだーって返された」
「でしょうね」
「僕も変わらないよって」
「そう思う?」
 ヒカリは、グラスの縁を指で撫でた。酔い始めるとする癖だ。
「昔に比べたら、変わったかな。ライバルって感じになった」
「……わかるかも」
「良い意味で雑に扱えるというか」
「わかる」
「即答だね」
 気のおけない間柄というやつだろう。
 男子会でそれを伝えた際には、女子相手になんと無礼なとばかりな空気になったけれど。
「私は、今の関係で充分よ」
「あ、フラれた」
「告るつもりもなかったでしょ」
「バレてる」
 こうして二人きりで飲んでいて尚、何も進展はしない。
 だって、そっちが進む道だと、思ってるわけじゃないから。
「大輔くんや賢くんに怒られたんじゃない?」
「もっと考えろって言われた。あの大輔に」
「……それはだいぶ問題ね」
「辛辣だなあ。やっぱ酔ってるね」
「タケルくんは今日はあまり酔わないわね」
 ん、と、そっけない肯定をして、タケルはグラスから手を離した。
「ルイくんにね、言われたんだ」
「なんて?」
「守りたいとかそういう言葉が出てくるの、仲間っぽいって」
「守りたいなんて言ったの?」
 こくん、と頷く。ただ、語弊はあるよと付け加えて。
「話の流れ的にはたしか、『昔は守りたいだけだったけど、今は一緒に同じ歩幅で進んでる感じ』みたいなだったかな」
 一歩前で庇うように立つんじゃない。隣を一緒に走ってる。互いに向き合ってやりあって、ぶつけあって。
「私は、同じ場所に帰るみたいな気持ちかな」
「ああ、わかるかも」
 ヒカリの言葉に、タケルは考える前に言葉が口から出た。
 冒険を共にした仲間として、帰る場所はいつも同じで。向かう先も同じで。
「私とタケルくんは、どこに向かってるのかしらね」
 よく、30過ぎても独り身だったら結婚しよう、とか言うらしい。
 でも、きっとそれとも違うのだろうと。確信を持つように言う。
「来年の僕たちに聞いてみたいね。ねえ、どこにいるの?って」
「きっと、ここにいるよって答えるわよ」
「僕たちらしいなあ」
 明確に答えなんか示さない。ただ、走ってみろって、煽るように言われるんだ。
「私たち、いつからこんなに捻くれたのかしらね」
「最初からじゃない?」
「初めて会ったタケルくんはもっと可愛かった」
「そのままお返しするよ」
 ムッとした顔のヒカリを見て、タケルは笑った。
 こんな会話をする日が来るなんて、思ってもいなかったあの頃。
 きっと数年後も、思ってもみない関係になっているんだろう。
「タケルくん、ビールいる?」
「うん。もう残り少ないし、カラにしちゃおうか」
 残りを互いのグラスに注ぎ、泡を立てる。
「それじゃあ、乾杯」
「何に?」
「……出会った記念とか?」
「それいいね」
 誕生日でもなく、友達のお祝いでもなく。
 ただ、出会えて良かったという気持ちを込めて。
 かんぱーい、と。張りのない声が、気だるく居酒屋に落ちていった。





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タケヒカ記念日&タケル誕生日おめでとう!
ビギ後ってことで、まあ飲み会はマストだよな!と思って書き始めたんですが、なんかすっごい謎な終わり方になってしまった。。
ビギのタケヒカ、雪合戦とか飲んでるとことか、助手席とか謎に二人でいるとか色々と情報過多で本当にありがとうございました。
で、結果的に今この二人ってどーなってるの??ってとこ突き詰めたらこう、なんかね、どっちでもないよーに落ち着いたと言うか…。
なんか、真剣に告白とかプロポーズが似合わない感じがして…この二人言葉無く同棲して結婚してもおかしくない…。いやおかしいか…。
このまま二人結婚しない道もありだとは思うんですけど、この関係性の間に入り込める人たち強くない??とも思ったり。
まあそれはどの子どもたちにも言えることかもしれないですが。みんな人生が特殊だから…。
なんにせよこう、甘い香りのあんまりしないビギタケヒカも大好きです。ほんと良い関係性になったなあ……。
では、今年はこれにて!
来年はまたリアルタイム描写にしたいですね〜。となるとまた結婚してる世界線かな……。
そのへんは来年の自分に任せます。これはもう自分から自分へのバトン日記なので……。
最後の最後に懐かしすぎる言葉を入れてしまった。

作成&掲載日:2024/8/3