「タケル君、お誕生日おめでとう!」
 近場の観覧車に乗ってすぐに、ヒカリは笑顔で伝えた。
「ありがとう! ……でも、そういうのってふつう、頂上とかで言うんじゃない?」
 向かいに座るタケルは、感謝を口にしつつも冗談も付け加えて。
「それって、告白とかの噂じゃない?」
「あ、そっか」
 なんてことない会話をして。花の大学生がふたりきりでの観覧車だというのに、甘い空気はどこにもない。
「流行ったよね、頂上でキスすると幸せになるとかそういうの」
「あったねー。乗りに来てる人はあまりいなかったけど」
「近所だとデートって感じしないからかな?私もあまり乗らないし」
「僕も、父さんからチケット貰わなかったら来なかっただろうなあ」
「私も、タケル君が誘ってくれなかったら乗らなかっただろうなあ」
 互いにぼやくように言って、暑いさなかの真昼の観覧車を上っていく。
 デートなわけじゃない。ただ、誕生日を祝うのに連絡を取っただけ。
 せっかくだから行かないかと、平然と、自然と誘って。
 暑いからとパートナーは家から出なくて。
 思えばパートナー抜きでのふたりきりなんて久しぶりだというのに、何もかもが自然で。
 変わらない夏の風が吹き抜けて、ヒカリの髪を揺らした。
「ヒカリちゃん、髪伸びたね」
「そうなの。たまには伸ばそうかなってちょっと考え中」
「それもいいんじゃない?ずっと短かったもんね」
「京さんみたいなロングヘアも憧れるんだよね〜」
「格好良いよね」
「タケル君は伸ばさないの?」
「えー。僕はいいよ。伸ばした時の兄さんとか見ると憧れないかな……」
「ひどいなあ」
 どこでも話せるようななんてことない会話で笑い合って。
 会話が途切れても、気まずさもなく。互いに晴天の景色を見渡して。
「あれからもう10年以上経つなんて、不思議な感じ」
 ふとタケルがこぼした言葉に、ヒカリも小さくうなずく。
「タケル君と会って、ウィザーモンとお別れして。私の人生が大きく変わった日」
 近く、されど遠くに見えるお台場のシンボル。球体に目を向けて。
「これからも、色々変わっていくのかな」
 タケルのつぶやきを消すように、アナウンスが響いた。
『お客様乗車のため、少々停止いたします』
 ガコン、と、観覧車は止まった。
 まるで、時が止まったかのように、景色が動かない。
 頂上にも行っていないのに。どこにも到達していないのに。
 このまま、僕らはどこに行くのだろう。
 希望の未来は果てしなく広がっていて、自由にどこまでも飛んでいける。
 目を細めて思い馳せると、視界が一瞬、歪んだ。
「!?」
 なにか起きたのかと、瞬時にふたりは臨戦態勢になった。
 とはいえ、パートナーは不在。できることなど無に等しいが、長年の経験が染み付いている。
「なにか、変だね。ヒカリちゃん、何か感じる?」
「……あ」
 ヒカリは、タケル越しに外の景色を指した。
 観覧車の麓。先程まで賑わっていたライブハウスが、無い。
 いや、破壊されている。
 否、解体されていた。
「……爆破された、とかじゃないよね?」
 音もなく、攻撃されたとは思えない。
 それに、明らかに人為的。というよりも。
「工事中って感じだね……」
 ヒカリもまた、なにか不思議だと、首を傾げる。
 そして、ふと何かに気づいたのか、スマホの画面を見た。
「タケル君、これ」
 ヒカリは、ホーム画面の日付を見せた。
 急いでタケルも自分のスマホを出すと、絶句した。
「『2022年8月3日』……?」
 なぜか、10年後の日付が表示されている。
「そういえば、一昨日大輔君も何か不思議な体験したって言ってたっけ……」
「時空がおかしくなってるのかも……」
 タケルとヒカリは互いに顔を見合わせたが、徐々に険しい顔が緩んでいった。
「なんか、大丈夫な気がしてくるね」
 大輔が体験したことも、とても楽しい思い出になったと言っていた。
 この不思議な現象もまた、すぐに収まるだろう。
「でも、これって未来の景色ってことなのかな」
 改めて周囲を見渡すと、知らない建物や、むしろ綺麗になっている建物。
 解体されているものはあれど、近隣を歩く人もいる。
「なんだか、嬉しくなるね」
「嬉しく?」
「タケル君はならない?」
 そう問われて考えてみると、確かに、なんだか元気が湧いてきて。
「なるね」
「でしょ?」
 10年前も、10年先も。きっと、世界は変わらない。
 人は仲良く、人は喧嘩して、暑くても寒くても、働いていて。
 そして、誰かとともにいる。
 変わらなくて、変わっていく。
 そんな、楽しくてたまらない未来が、広がっている。
「10年後、楽しみだなあ」
「その頃はどうしてるのかなあ」
 20歳と30歳の差は大きい。これから起こる10年は、一体どのような波乱に満ちているのだろうか。
「こうしてヒカリちゃんと観覧車乗ってたりして」
「えー。それって、ふたりとも独身てことじゃない」
 10年後は結婚してたい、と笑うヒカリに、タケルも笑った。
「もしかしたら、僕と結婚してるかもよ?」
「それもそうかも?」
 冗談の域を出なくて、でも、どこか、自然で。
「当たり前に一緒にいるような気もするんだよね」
「そうだね。さすがにその歳で一緒にいるんだったら、家族になってるのかも」
 付き合うとか惚れたとか腫れたとか。そんな青春は、中学高校で周囲から散々揉まれた。
 今更どうこうするというのも、あまり考えていなくて。
「どこかで、変わるのかな」
 きっかけが、あるのだろうか。
 変わることが、あるのだろうか。
「どうなんだろうね。タケル君とだと、キスしても変わらなそうだけど」
「そこまで言う?」
 それはさすがにないんじゃない?と、爆弾発言に顔色も変えずに会話は続いていく。
「タケル君は違う?」
「どうだろう。試してみる?」
 そっと立ち上がり、一歩、タケルはヒカリへと近づいた。
 狭い観覧車で、さらりと。ふたりの瞳が、互いだけを映した。
『ご協力ありがとうございました。揺れにご注意ください』
 アナウンスに、世界が動き出した。
 ガコン、と観覧車が揺れ、触れ合っていたふたりの顔が、遠ざかる。
「……時間、戻ったのかな?」
 スマホを取り出して確認すると、元通り『2012年8月3日』の表示が。
「なんだったのかな」
 つぶやきながら、タケルは元の席へと戻った。
「とりあえず、異常は無いみたい」
 周囲の景色を見ていたヒカリもまた、世界の無事を確認する。
「あとで、光子郎さんに連絡しておこうか」
「そうだね。……あ」
「どうしたの?」
「さっき、頂上だったみたい」
「え。気づかなかった……」
 いつの間にか、観覧車は下っていた。
「頂上でキスするのって、狙ってしようとすると難しそうだね」
「そうかも。気にしてると景色も楽しめないよね」
 気が気じゃなくて気もそぞろで。それこそがデートの醍醐味なのだろうが、ふたりには関係がないようで。
 変わらない夏の風が、吹き抜けていった。





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2022年のタケヒカ記念日です!
今年はちゃんと誕生日祝も出会い記念も忘れなかったぞ!その代わり超絶ギリギリだぞ!
でもなんか、ひっっさびさに触れ合いましたね(?)
こういう、自然な感じのタケヒカ、大好きです。しれっとキスしてしれっと手繋いで歩いてくれ。
というかほんと、ビギニングの大学生タケヒカがめちゃくちゃ好きでして。
今年は珍しく、初めてかもレベルで8/1文と絡めました。
で、今更気づいたのですが、ビギニング前だと夏は2011年だ!!笑
ま、まあ、ビギニング後ってことでもいっか……ということにしておきます。。
さらっと付き合ってる系の爆弾はいつもいつでも待ってますけどね!そこはまた別腹です!!
あと、観覧車テーマに関してはですね、今年になって初めて乗ってきまして。
20年追っかけてきて今更ですが、最後に乗れて良かったです。
いやもう、解体現場があまりにも衝撃でした…笑
ではでは、だらだら書いてると8/3に間に合わなくなるのでこの辺にて!
祝・タケヒカ記念日!!

作成・掲載日:2022/8/3