今年も、この日が来た。
耳に刺さる蝉の声と、腕に当たる生ぬるい風。
夏が、来た。

『私はここにいる』

「まだだ〜れもいないね、空」
公園に着くと、ピヨモンがくるりと回りながら言った。どこを見ても、まだ誰もいない。
「そうね、ちょっと早すぎたかしら」
腕時計を見ると、待ち合わせ時間の20分前。早く来る子もいるから、と出てきたものの、やはり早すぎたみたいで。
「木陰で休んでましょっか」
ピヨモンに声を掛けて、樹の下に腰掛ける。地面に座るのは抵抗もあったけれど、今日は特別に。
「スカート、汚れちゃうよ?」
「うん、でもいいの」
心配そうなピヨモンに、笑顔で大丈夫と言って。
今日は、なんだか、子供に戻りたい気分だから。

あれから経った年月は、自分の身体や心が物語っていた。
昔だったら、早く着いたら公園を駆け巡っていただろうに、今ではペットボトル片手に涼んでいて。
「ん〜〜。もっと運動したいなあ」
そう言って伸びをするものの、動かずにいる。風にあたって、ゆったりとした時間を過ごすのも、好きになっていた。
ピヨモンは、楽しそうに公園を駆けまわっている。その様子を眺めながら、自分も昔は同じように走っていたんだなと、遠い記憶を重ねた。
手を伸ばして、思い出を掴むように。天高く、太陽へと。
あの頃掴んだ確かなもの。まだ、この手に残っている。
自身の右手を高く挙げて、あの頃の冒険へと思いを馳せた。

不意に、右手に、一匹の蝶々が止まった。
水色に輝くそれは、とてもあたたかくて、愛に、溢れていて。
そっと止まったかと思えば、また、ヒラリと飛び去ってしまった。
「…どこに行くのかしら」
なんとなく、立ち上がって追いかけてみた。
そうだ、子供の頃は、こうしてよく、追いかけていたわ。と。
思い出して笑ったあとに、疑問が湧き出てきた。
「……何を?」
何を、追いかけていたんだったっけ。

あの頃見ていたもの。
体験したすべての事を。
思い出して、思い出して。
母との確執、ピヨモンと感じた愛情。
戦って、守って、頼られて。
戦って、守られて、頼って。

「お〜い、空〜」

遠くからの呼びかけに、ハッと気付いた。
いつに間にか、公園の奥へと、足を踏み入れていた。
太一!…と、声の主に返事をしたかったけれど、なぜか、声が出せない。
木々に囲まれて、涼しいけれど、陰った場所。
ざわっと、風に木が揺れた。
そして、また、前を蝶々が飛んでいた。
水色の蝶々に、どこからか、薄赤色の蝶々がやって来て。

「そ〜ら〜」

また、呼びかけが聞こえた。今度は、ピヨモンの声。
すると、2匹の蝶々は、木々の間へと舞い上がった。
そして、どこからか、あたたかな風が。
ふわりと葉が舞い、ほんの一瞬目を瞑っただけで、蝶々はいなくなり、代わりに、太一とピヨモンがそこにいた。
「空〜。なにやってんだよこんな所で」
「みんな来たよ!行こう、そら!」
ふたりに手を差し伸べられて。
空は、その手に向けて、手を伸ばした。
伸ばした右手に、確かに感じた温かさ。
「うん!」
大きな声で、空は笑顔で、返事をした。
大丈夫。追いかけていたものは、ここにある。

「ありがとう」
遠くへ舞っていった蝶々へと、呟いた。
どこからか、歌声が、聞こえた。





戻る

2016年8月1日のメモリアル文です。今年は訃報の年になってしまいました。。
なので、初の空さん視点です。
和田さんも水谷さんも、デジタルワールドの蝶々になっていつもいつでも見守っててくれると信じています。ありがとうございました。

そして、今年も昨日、公式イベントに参加してきました。なんと昼夜両方です。
やはりデジモンが、ここが私のいる場所だと、ずっと居たいと、強く思いました。
同時に、tri.のことも、信じて愛して楽しんでいけると、再確認致しました。
これからも、デジモンと共に歩んでいきたいと思います。
祝・メモリアル!


作成日:2016/07/30
掲載日:2016/08/1