どっちなのかな。
自分でも、わからなくなってしまうの。

近所のカフェで、京さんに相談中。
熱々のホットチョコレートを飲んで、おいしいな、って思う。
もうすぐ、この味が特別なものになる日が、やってくる。


『バレンタインの色』


「・・・義理か、本命か、か〜・・」
ホットコーヒーをかき混ぜながら、京さんは呟いた。
「京さんは、迷いませんでしたか?」
かき混ぜる手が、少しだけ止まった。
でも、すぐにまた動き出して、「私は全然、迷わなかったな」と、明るく言った。
「ほら、私ってすぐに一直線になっちゃうでしょ?だから、迷う暇もなく、って感じだったかな」
言い終わってから顔がどんどん赤くなって、それを隠すように、京さんはコーヒーを飲もうとする。
「京さんは、自分の気持ちに素直ですからね」
嫌味なくそう思ったんだけど、口に出したら思ったよりも刺々しい言葉になった。
京さんも気になったのか、コーヒーは飲む前にテーブルに戻された。
「あ、ごめんなさい。ただ、羨ましいなって、思って・・」
弁解したつもりが、またちょっと嫌味っぽくて、自己嫌悪。
「ヒカリちゃん、そんなに自分を責めちゃダメよ。ヒカリちゃんって、いつも1人で抱え込みすぎよ」
励ますように、叱るように。お母さんみたいに、京さんは優しく言ってくれた。
「と言うより、考えすぎね。こういうときは、ばしっ!と勢いでやらなくっちゃ」
笑顔でそう言われて、確かに自分には余裕が無かったな、って思う。
「それに、そこまで考えているんなら、本命じゃないわけないって思うしねー」
京さんは、テーブルに戻したコーヒーを手に取り、一口飲んだ。
とっても大人っぽく見えて、やっぱり、羨ましい。
自分のことなのに、余裕が無いくらいに悩んでいる私は子どもっぽいな。
「ヒカリちゃんは、何が怖いの?」
コーヒーの湯気で眼鏡は曇り、優しい視線が消える。
京さんの投げた直球の質問に、ドキリとした。
「自分の気持ちがハッキリしなくても、私ならきっと、チョコあげちゃうな」
眼鏡の曇りが消えて、京さんのいつもの笑顔が現れる。
いつでも、自分の気持ちにまっすぐで、裏表のない表情。
「・・そうですね。私も、考えるのやめてみます」
京さんになろう。余裕が無い今の私にならきっと、勢いで言うことが出来るはずだから。

なにを?

バレンタイン当日。
鞄の中にはチョコレート。
何も考えないようにして、いつも通りに作った。
いつもより気合入れようとして、結局いつも通りにしたラッピング。
ハートの1つも、書かれていない。箱の中身も、どこにもない。
誰が見たって、義理だよね。
まるで、本命って言えなかったときの、逃げ道のように思えるの。
なんて、今更後悔したりするけど、それでもまだ、変にハート型にしなくて良かったかも、なんて。
実際に面と向かったら、私はなにを言うのかな。
自分の気持ちがハッキリしないの。
「ヒカリちゃん」
悩んでいるうちに、待ち合わせの相手が、来てしまった。
「早いね。待たせてごめん」
いつもの道。いつもの声。いつもの笑顔で、タケルくんはそう言った。
今日はバレンタインデー。街中にカップルが溢れる日。
そんな中の呼び出し。察しは、ついてると思ったのに。
タケルくんも、いつも通りだった。
「さて・・どこか行く?」
いつものように遊びに誘った私に、タケルくんは聞いてくる。
この状況に、何も思ってないのかな。
それでも、私にはそれが嬉しかった。

2人で何気なく歩き、いつも通りに喋った。
たまに洋服とか見たりして、買い物を楽しむ。
これも、きっといつもと変わらない。
ただ違うのは、お店の内装が、全体的にピンク色っていうだけ。
「・・ヒカリちゃんの色だよね」
中でも気合の入ったお店を前に、タケルくんが言った。
「光の色だし、ヒカリちゃんの色。よく着てるよね。今日買った服もピンクだったし」
よく見てくれてる。わかってくれてるんだよね。
「でも、今日の赤いワンピースも、似合ってるよ」
笑顔で言われて、嬉しくなる。こういうこと、いつもハッキリ言っちゃうんだよね。
きっと、誰にでも。
・・・瞬間、私の中に、ハッキリとした気持ちが現れたの。
そういうことを他の人に言ってたら、嬉しくないなって。そんな気持ちが。
やっと、ハッキリとわかったよ。自分の気持ち。
これが、本命って、ことだよね。
息を大きく吸って、深呼吸。
今ならきっと、言えるから。
いつもと違う言葉が、言えるはずだから。
「あのね、タケルくん、今日・・」
言いながら、立ち止まって、鞄の中の箱を取ろうとする。
でも、タケルくんは歩き続けていた。
振り向かずに、歩いていた。
はじめてだった。
私の声、聞こえていなかったことなんて、ない。
聞こえていて、振り向かなかったことなんて、ない。
どうしたんだろう。
慌てて追いかけて、隣を歩く。
でも、避けるように、タケルくんは目を合わさない。
表情はいつも通りの笑顔なのに、視線はどこか遠くを見つめてる。
こんなタケルくんは、見たことしかなかった。
私じゃない誰かに取っている態度。それが、私に向けられた。
壁。見えない壁が、作られた。
距離を置こうとするときに作られるこれは、あまりにも自然だった。
何度も見てきた光景。近づきすぎる人に作られて、誰も深いところまで触れない。
こうやってタケルくんは、誰とでも仲良くしながら、誰とも付き合うことなく過ごしてきた。
私も、同じ?
わかっているから、察しているから、こうやって、空気で断わってきたの?

違う。

わからないから、だよね。

「タケルくん」
私は、タケルくんの前に立った。
さすがに、タケルくんは足を止めた。
一瞬だけ、寂しそうな顔が見えた。
「これ・・チョコレート」
鞄から出して、真っ直ぐにタケルくんの目を見つめる。
瞳を直視しているのに、曇りガラスでもあるみたいに、その心が読めない。
それでも、わかったの。
「タケルくんはどっちがいい?決めて」
本命か、義理か。
私はどっちでもいいから。
薄いピンク色の箱に、黄色のリボン。
私の好きな色。そして、君の好きな色。
今日街にあふれているのは光の色や愛情の色だけど、きっとそこにはもうひとつあるよね?

タケルくんの表情は、読めないままだった。
でも、ちょっとだけ笑顔になって、小さく言ったの。
「ありがとう」
一言だけど、伝わってきた。
気遣ってくれて、ありがとう。って。
私だって、いつも見てきたから。人を近づけ過ぎないタケルくんの気持ち。
心のどこかで、いつもの日常を壊したくないんだよね。
何かが変わるのはとても幸せなことだけど、それは何かが終わるってこと。
常に大丈夫って思っていても、不安はいつだって隣にある。
私にも、その気持ちがわかるから。
だから、ずるいかもしれないけど、選んでほしい。
このままの幸せと、未知の日常。
タケルくんの瞳は、もう、決めているみたいだった。
「優柔不断でごめん。でももう迷わないよ。ヒカリちゃんなら大丈夫だって、信じてるから」
本当は僕から言わないとダメなのにねって、タケルくんは苦笑いした。
「何が変わるかわかんないけど、それでも僕はヒカリちゃんと一緒にいたい。だから・・」
そう言うと、私が差し出した箱を、受け取った。
「これは、本命だと嬉しいな」
触れた手と、真っ直ぐ見つめられた瞳。
「タケルくん・・」
笑顔があふれてきて、世界が明るくなる。
今日は、光の日。
「ありがとう」
街は、綺麗なピンク色。





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なんだか、ちょっと詰め込んだ感じになってしまいました;
本当は義理か本命か、のところだけがテーマだったのですが、
ピンク色のバレンタインコーナーとか見て、ああ光の色だなあと(笑)
バレンタインものは何回か書いてますが、そこに気付いたのは初めてでした。不覚・・。(ぇ)
色々雑な部分はありますが、楽しかったです♪
お読みくださり、ありがとうございました!!

作成日・掲載日:2012/2/14