「ヒカリちゃん?」
 洋菓子店の前でふらりと足を止めたヒカリに、タケルは声を掛けた。
 ヒカリの視線の先には、綺麗な春の色。
「もう桜の季節なんだね」
 嬉しそうに言うヒカリは、店頭に並べられた桜のお菓子を手に取った。
「そっか。もうすぐ3月だもんね」
 タケルもヒカリの隣に立って、店の品々を見やった。どの商品も薄いピンクに包まれていて、さながらお花見気分を味わえる。
「今年はお花見できるかなあ」
 ヒカリは、タケルの心を読んだように呟いた。その言葉の裏には、お花見をしたいという意味が込められていて。
「…たぶん、みんなで、は行くよね」
 タケルは苦笑いをしながら答えた。想像するだけで賑やかなお花見。
 食べるのも歌うのもはしゃぐのも大好きなデジモンたちだ、そんなお祭り騒ぎをやらない手はない。
「…みんな、かあ…」
 ヒカリは、溜息をついた。
「ふたりで、行きたいなあ」
 ちらりと、タケルの方を見上げるように。ヒカリは、そっと窺った。
「…ヒカリちゃん、ずるい」
 タケルは拗ねるように目を逸らした。頬が少し赤らんでいる。
「えへへ」
 いたずらっ子な笑みを浮かべるヒカリに、タケルはむっとして言った。
「付き合ってることみんなに内緒にしたいって言ったのヒカリちゃんなのに」
「だぁって…お兄ちゃんに言ったらうるさそうだったし…」
「まあそれは僕も同じだからわかるけど…」
 互いにぼやくように言うと、顔を見合わせて笑った。
 きっと、どちらの兄も驚いて、でも、喜んで、それでちょっと、寂しそうにするんだろうなと。
 そんな顔も見てみたいけれど、でも。
「とにかく、今は早く買い物終わらせて、みんなのところに戻らなきゃ」
 タケルはわざとらしく焦るように言うと、ヒカリの手を掴んだ。
 合流地点が近付いたら手を放すけれど、今日はどこまで繋いでいられるだろう。
 楽しそうにタケルは一歩踏み出したが、ヒカリはその場を動かなかった。
「ヒカリちゃん?」
 珍しく甘えたな頑固モードだ。滅多に見せない姿だけに、つい、言うことを聞いてしまいたくなる。
「…仕方ないなあ」
 タケルは手近なところにあった桜のお菓子を手に取った。
「じゃあ、これあげる」
 お菓子で釣るように目の前に差し出したが、ヒカリはふいっと顔を背けた。
「…それだけじゃなぁ」
 猫なで声で拗ねるように楽しむヒカリに、タケルは更にお菓子を手に取った。そして、自分の元へと向けた。
「で、これが僕の分」
 その言葉に、ヒカリは目を丸くした。ずっと振り回されていたところで、ようやく反撃の成功だ。
「お互いに、家でお花見しようよ。それなら絶対にバレないよ」
 タケルは更にお菓子を幾つか追加してヒカリの手に載せていった。
「ほら、これだけあれば、綺麗でしょ?」
 ヒカリの手の上には、沢山の桜色。まるで、満開の桜のようで。
「うん、とっても綺麗…」
 本物の桜を見ているように、ヒカリはうっとりと笑った。
「それじゃあ、買いにいこっか」
「うん!」
 すっかり機嫌の直ったヒカリと手を繋いで、タケルは歩き出した。
 これは今だけの、ちょっと特別でわがままなお遊び。
「食べる時は、メールしてね」
「うん!一緒に食べようね」
 誰にも秘密の、小さな小さな、可愛い時間。
 短い春の、ないしょのお話。




戻る

しずくちゃんにプレゼントしたタケヒカです。
これまた桜テーマですね…。あげる時期的に被ってしまったのか…。
たしか、この時期になると桜の商品が増えていくなーなんてお店で思った覚えがあります。
イベントなどでの差し入れも桜が多くなるのでは、なんて発想から生まれたような気が。
掲載日の現在からすると去年の話なのですが、びっくりするほど記憶に無いです…笑
メモによると、どうやらtri.6章のイラスト(手を繋いでる疑惑のやつかな?)見て、
「隠れて付き合うタケヒカ」を妄想した結果、らしいです。
今までオープンなイメージだったので、新たな感じでこういうのも楽しいですね〜。
なんだか他人事な感じになってしまいましたが、同じように楽しんでもらえてたら嬉しいです!

作成日:2018/2/28
掲載日:2019/3/30