夜ご飯を食べ終えて、お皿を下げて。
 普段だったら部屋に戻るけど、今日はまた、テーブルに向かう。
「はあ…」
 座ってうっかりため息をつくと、お皿洗いを始めたママが振り返った。
「なあに、サラダ。ため息なんてついて」
 そういうママの声は、そんなに心配してなくて。むしろ、どこか嬉しそう。
「だって…。もう9時になるじゃん…」
 ほんとだったら、夜ご飯も家族で食べる予定だったのに。
「パパってば、ほんと、しゃーんなろーなんだから」
 テーブルに突っ伏して、行き場のない思いを吐き出した。
 わかってる。パパだって早く帰ってきたいってことも、ママだって本当は寂しがってるのも。
「まあまあ。きっとおみやげ買って帰ってくるから、ね」
 ママはそう言って笑うけど、そんなのに釣られるほど子供じゃない。
「おみやげって…べつに待ってないよ、そんなの」
 それに、あのパパが買ってくるわけないし。
「そう?前に『チョウチョウのパパは任務帰りに美味しいものを買ってきてくれるんだって』って、羨ましそうに言ってたじゃない」
「べつに羨ましいとか…」
 思ってなくもないけど。でも、なんだか子供っぽい気がして認めたくない。
「それにほら、あの話しした時パパ新聞読んでたし、気付いてないよ」
 口に出してから、余計に子供っぽいことに気付いた。結局欲しがってる自分がいて、恥ずかしい。
「大丈夫よ。あの時のパパ、すっごく気にしてたから」
 ママは嬉しそうに笑いながら、ふたり分のお皿を洗っていく。もうひとり分は、まだテーブルに置いたまま。
「あーあ…」
 パパ、早く帰ってこないかな。
「早く帰ってきてほしい?」
 ママは、私の心を読んだように、聞いてきた。答えもわかってるくせに。
「……ママだって、早く帰ってきてほしいでしょ?」
 ただ認めるのも恥ずかしくて、ママにちょっと反撃をする。誰よりパパのこと大好きなの、ママなんだから。
「そりゃあそうよ。でも」
 ママの手が、止まった。
 ほんの少しの間の、静寂。
「帰ってきてくれるだけで、嬉しいから」
 声だけでわかるくらい、ママの想いが、あふれてた。嬉しくて仕方ないって、気持ちが。
「ママ…」
 でも、本当にそれだけでいいの?
 ママは、水道の水を出して、お皿の泡を洗い流していく。
 静かな部屋に、水の音が響く。
「言ったほうがいいよ」
 寂しいって。もっと家にいてほしいって。伝わってるかもしれないけど、言ったほうが、いいよ。
「…サラダ」
 ママは、水を止めて、振り返った。
「本当はね、ママも、言おうと思ったことはあるの」
 キッチンに寄り掛かるようにして、ママは、目を瞑った。
「でも、どれだけ伝えようと思っても、いざパパが帰ってくるとね、何も言えなくなっちゃうの」
 思い出すように、慈しむように。愛おしそうに。
「パパが帰ってきて、『ただいま』って言ってくれた時に、全部吹き飛んじゃって」
 ママは、笑った。呆れるように。はにかむみたいに。
「ここが帰る場所なんだって。私の、私やサラダの居る場所が、サスケくんの帰る場所になってるんだって」
 ママは、手を握りしめた。何か、とても大切なものを、失くさないように。
「そう思ったら、幸せで堪らなくなるの」
 ほほえむママは、とても綺麗で。幸せそうで。
 パパにも、見せてあげたくなった。
「そっか…」
 私は、相槌を打って、頷いた。
 ママの、パパへの愛。すごく、伝わってきた。パパ、幸せ者だなあ。
「あ、パパには内緒よ?こんなこと言ってたの」
 ママは急に恥ずかしくなってきたのか、口に人差し指を立てた。
「どうして?パパも知ってたほうがいいのに」
「だって…」
「ただいま」
「わっ!?」
「サスケくん!?」
 唐突に、部屋のドアが開いて、パパが入ってきた。
 あまりにも突然で、ママも私も固まってしまった。
「…どうした?」
 固まる私たちに、パパが何事かと尋ねてくる。少し焦ってそうなのが、ちょっと意外だった。
「う、ううん!なんでもないのよ。おかえりなさい、アナタ」
 慌ててママが取り繕ったけど、たぶん何も誤魔化せてない。
「というかパパ、帰ってくるの遅い!あと静かすぎて不気味!」
 思わず立ち上がって、叫んでしまった。ほら、パパもママもびっくりしてる。
「あ、そんなそこまで怒ってるわけじゃなくて…」
 急いで弁解したけど、パパは気にせず近づいてきた。
「遅くなってすまない。それと、任務の癖でつい気配を消してしまってな…すまない」
 ちょっと早口で謝りながら、パパは私に、紙袋を差し出してきた。
「お詫びになるかはわからないが…みやげだ」
 白くて小さな紙袋。真っ黒な服装のパパには、とても浮いて見えて。
「…え、おみやげ?」
 パパは、顔をそっぽに向けた。そんな露骨に照れられたら、私も恥ずかしくなる。
「開けても、いい?」
 一応そう聞くと、パパはコクンと頷いた。
 なんだか居たたまれなくて、急いで中身を取り出した。
 それは、家のような形の、ピンク色の箱だった。
 このパパがピンクの箱を買ってくるなんて。買ってるところを想像してしまって、ちょっと笑いそうになった。
 パパが怪訝そうな顔をしたから、慌てて澄まし顔をして、箱をよく見た。
 緑色のシールが貼られていて、中身が書いてある。
「クッキー…?」
 それも、紅茶味のようで。
「…サラダ、好物だろう?」
 パパが、私に向かって、言った。
 少し、不安そう。でも、ちょっと得意そうに。
「うん。好き」
 目線を箱に落として、呟くように、返事した。
 パパ、私の好きなもの、知ってたんだ。
「そうか」
 パパは、口には出さないけど、ホッとしたみたいだった。
 顔を上げると、ママがとても嬉しそうにこちらを見ていて。
「よかったね、サラダ」
 愛おしそうな声。愛おしそうな目。髪の色と目の色を見て、この箱の色と同じだなって思った。
「パパがピンク色の買ってくるの意外って思ったけど、ママの色だったのね」
 そう笑ったら、パパはキョトンとしてた。珍しい表情。最近、パパの色んな顔を見る機会が、増えた気がする。
「このシールも緑だし、ママのイメージで買ってきたんでしょ?」
 家の形だし、パパの帰る場所はママってことなのかな。
 そう思ったら、嬉しくなった。さっきのママの姿、伝えたいな。
「…そうなの?アナタ」
 ママが、そっと尋ねる。ドキドキしてるのがわかって、私もドキドキした。
「……特に、意識はしてない」
 パパの言葉に一瞬がっかりしたけど、でも、ママは真っ赤になった。
 すぐにその理由が、私にもわかった。だって、顔を逸らしたパパの耳が。
「パパ、耳が真っ赤なんだけど…」
 無意識に選んでたこと自覚して、恥ずかしくなったみたい。だから、こっちが恥ずかしいってば。
「パパもママのこと、大好きなのね」
 呆れるように言ったら、パパが赤い顔で、こっちを見た。
「…ママだけじゃない」
 少しぶっきらぼうな言葉で、その続きもなかったけど、でも。
 大好きなのは、ママだけじゃないってことは。つまり。
「……私もだから」
 パパから目を逸らして、クッキーの箱を抱きしめて。
 照れくさくてあまり言えないけど、とても目を見てとか無理だけど、でも。
「大好きなのは、ママだけじゃないから」
 パパに、伝わりますように。
「サラダ…」
「ほら、早くお茶にしよ!パパはご飯まだでしょ!」
 パパが何か言いたそうだったけど、遮るように叫んだ。もうこれ以上は恥ずかしいから。
「あ、ああ…」
 立ち尽くすパパの前を通り過ぎて、キッチンへと向かう。
 きっと、パパは幸せそうな顔をしてるんだろうな。
 だって、ママも。
「サラダ、アナタ」
 幸せそうに、笑ってたから。
「私も、ふたりが大好きよ」
 満開の笑顔を見て、思った。
 私も、幸せ者なんだって。
「さ、食べましょっか!」
 ママの嬉しそうな声が、リビングに響いた。

 今日も、我が家は、幸せです。





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しずくちゃんにプレゼントしたサスサクです。
ついにサラダちゃん視点です。地味にこれまでの流れで4部作みたいになってます。
恋人未満、結婚式、妊娠、と書いてきたので、最後にうちは一家で締めたいなと。
サスケのプレゼントの紅茶クッキーは実際の物をモデルにしてます。
というか、リアルにプレゼント探してたらちょうどぴったりなの見つけて、この話が出来たんだったような…?
これまたメモが残ってないのでちょっと曖昧です…。
でも楽しく書いたのは間違いないと思います!BORUTOも好きなのでサラダちゃん書きたかった記憶はある…!
なんだかんだありつつも最後には幸せになるうちは一家に、これからも幸あれです!

作成日:2017/2/26
掲載日:2019/3/30