「…無くした…?」

陽気な春の朝。
校庭から戻った大輔が教室に入った時、まるで北極にでも来たのかと思うほど、空気が冷たくなっていた。


『今までと、これからと』


それは、大輔が来る数分前のことである。

「あ、そうだタケルくん。私、タケルくんに謝らないと…」
チャイムが鳴る前、普段通り席に着くタケルに、隣同士であるヒカリは声をかけた。

「え?」
心当たりがない、といった顔のタケルに、ヒカリは丁寧に謝った。
「2年前一緒に買ったキーホルダー、壊しちゃったの。ごめんなさい」

「…ごめん。それ、僕も謝らないと」
てっきり、悲しい顔をされるかと思ったヒカリは、一瞬ほっとしたが、すぐに疑問の表情に変わった。

「どうして?」
「引っ越しの時に、無くしちゃったみたいで」
決して、軽い言い方ではなかったが、ヒカリにとってタケルが何かを無くすということは考えられなかった。


そして、現在に至る。

「あちこち、探してはみたんだけどね。本当に、ごめんなさい」
「…なんで…?」
「『なんで』って言われても」
「どうして、無くしちゃったの?」

普段は聞くことのない、強い口調のヒカリ。
しかし、タケルは怯まない。

「そんなこと言われても、僕だって無くしたかったわけじゃないし」
「それでも、無くさないようにすることは出来たでしょ?」
「それは…。だからごめんなさいって…謝ったでしょ?それじゃダメ?」
「そんなの、自分で考えて」

一定以上声を張り上げることのない、冷戦。
教室中を巻き込んで、冷たい空気が流れている。

「おい、大輔」
「ん?」
未だドア付近にいた大輔は、同じく席に着くに着けない状態のクラスメートに、小声で話しかけられた。

「早く止めてこいよ。このままじゃ学校中が北極化するぞ」
「お、おれがやるのか!?」
「あの2人とよく一緒にいるだろ?なんとかしろよ」

さすがの大輔も、こればかりは躊躇する。
いくら、これをなんとかすれば株が上がるにしても、だ。

「そんなこと言ったって…」
「いいから行け!お前なら出来る!……かもしれない」

どっちだよ!、と内心思ったか思わないかの一瞬に、大輔は背中を押され、暗黒冷気の中枢に入ってしまった。
相変わらず、お互い顔を背けることなく、妙に口元だけは笑顔でいた。

「あ、えっと…ヒ、ヒカリちゃん、おは…よ」
「「なに?」」

大輔、暗黒の女神と大魔王様の恐怖の笑みにより、凍結。
もはや、誰も2人を止めようとする者はいなかった。

「ヒカリちゃんだって、壊したんだからおあいこでしょ?」
「…確かに、危ないところに置いちゃったけど、でも、直す努力はしたわ」
「それなら僕だって、必死で探したよ」
「でも、見つからなかったんでしょ?」
「そっちだって、直らなかったんでしょ?」

平行線のまま、終わる気配すら見せない。
刻一刻と、チャイムが鳴る時間が迫り、生徒達は早く先生に来てほしくて堪らなかった。
…ちなみに、誰も呼びに行こうとすらしないのは、皆その場に凍り付いたように、動くのが憚られていたのだった。

「壊れちゃったけど、ちゃんと飾ってあるよ。せっかくの、思い出の品だもの…」
ヒカリは、ここにきて初めて、悲しげな顔をした。

「…無くしたら、だめなの…?」
少しの間をおいて、タケルはぽつりと言った。

「壊れたものは戻せるかも知れないし、手元に置いておくことも出来る。
でも、無くしたら、見失ったら、それで終わりなの…?どうにもならないの…?」

「無くしても、また作ればいいんだよね…? 思い出は、無くならないよね…?」

いつになく、悲しそうな声で。
まるで、小さな頃のタケルくんが泣いているみたいだ、とヒカリは思った。

きっと、色んな想いが混ざってるのかな、と。

「そうだよね…ごめんね、タケルくん。言い過ぎちゃったね…」
「ヒカリちゃん…。ううん、僕の方こそ、言い過ぎた…ごめん…。本当に、ごめんね」
「いいの。これから、いっぱい思い出作っていこう。ね」
「うん。そうだね…」

「これからは、一緒にいられるんだもんね」
タケルは、ヒカリの手を握って言った。

物に頼らない思い出が、これからいっぱい、増えていくから。


北極の空気は一転、南の島へと変化した。

今日もまた、新たな思い出の1ページが刻まれる…。





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遅くなりまして申し訳ないです;; 17171番キリリクの「痴話喧嘩するタケヒカ」です。
できれば、結構本気の喧嘩、とのことだったので、こんな形になりました。
…これ、「痴話」喧嘩、ですよね、たぶん…。(普通に仲良い人の喧嘩、よりは仲良すぎるから大丈夫ですよね…?/何)
喧嘩というと、ついつい大声張り上げての言い合いになりそうでした。(^^;)
でも、それだとタケヒカっぽくないかなあとか思いまして。
あ、途中名もなきクラスメートがいますが、お気になさらず。(笑)
大輔を出したのも、少しでも「痴話」っぽく2人の世界っぽく…なってるのか?(コラコラ)
雰囲気のバランスとかその他色々と駄文で短文ですが、17171番ゲッターの海老の尻尾様に捧げます。
リクエストありがとうございました!!!

作成・掲載日:2007/08/6