「…大丈夫か?」
平日の朝。太刀花家の居間で、ソーマはナズナに言った。


『現在心温37度5分』


「何がですか?」
ナズナは、平然と皿洗いをしながら言う。

「何がって…お前、風邪じゃないのか?」
ソーマの言うとおり、確かにナズナの顔は赤く、動きもいつもより悪かった。

「風邪など引いておりませぬ」
ナズナは、簡潔に答えた。

「……?」
その簡潔な答えに、ソーマはなんだか違和感を感じた。

「…やっぱりお前、変だぞ?」
そう。いつもとなにか違う気がする。いつもはもっと…こう…。

「一体どこが変だというのですか?」
呆れとイライラを隠さずにナズナが言う。ああ。そうだこれだ。

「嫌みさがないんだよ。いつもはもっとむかつく事言ってるくせにさ。 今日はそれが全然」
切れが良くないと言うか、いつものように喧嘩腰ではない。
先程自分が感じた違和感はこれだな、とソーマは思った。

「な、なんですかそのような…!」
ナズナは、どこか空元気ともとれるような大声を出した。

と、途端に、ナズナは乗っていた踏み台から落ちてしまった。

「うわっ!!!」
ソーマは声を上げた。ナズナが倒れ込んできたのだ。

“おい。大丈夫か?ソーマ”
何事か、と出てきたフサノシンは言った。

「いってーー」
ソーマは、床に打った背中をさすりながらぼやいた。

“…ナズナはん?大丈夫どすか?”
ホリンも、自分の闘神士の様子を見に出てきた。

ナズナは、ソーマの上に倒れ込んだまま眠っていた。



「ん…」
ナズナが目を覚ますと、あまり見慣れない部屋にいた。

“お目覚めどすか?ナズナはん”
声のする方を向くと、そこにはにこにこと微笑むホリンの姿があった。

「ホリン…ここは?」
ナズナは、言いながら辺りを見回す。

整頓された部屋に、わずかにガラクタと思われる物が置いてある部屋。
その部屋の真ん中辺りにナズナの寝ている布団は敷いてあった。
そして、布団の横には薬が置いてある。

“覚えとります?ナズナはん、今朝、お皿を洗っているときに、高熱で倒れはったんどすよ?”
ナズナは、小さくうなずいた。

“…では、ソーマはんがここまで運んでくれはった事は、覚えとります か?”
「…ソーマが?」
あの礼儀知らずで無遠慮で、まるで幼稚園児のような地流の者が?

“なんや。覚えておまへんの?残念やなあ”
ホリンは、まるで晩御飯が好みの料理じゃなかった時のように落胆して言った。

「…なんですか。その言い方は…」
ホリンの落胆した言い方に少々疑問を感じながら返事をする。

“せやかて、その時のソーマはん、いつもと違うて、こう…格好 良かったどすからなあ。
まあ、確かに運ぶときは悪戦苦闘はしてはりましたが、布団敷いてナズナはん寝かせて…
ほんま、頼りになる感じどしたんでなあ”

「…はあ」
いまいち想像が出来ない、と言った顔でナズナは返事をする。

“それに、その薬やてソーマはんが出してきた物どすし、今やて額に載せるタオルを取り替えに”
ガラッ。
この部屋と居間を区切る襖が開いた。

「……」
無言のまま、ソーマは手にタオルを持ち、ナズナに近寄る。

「な、なんですか…」
思わず、と言うかなんと言うか、ついナズナは避けてしまう。

「…なにって…き、決まってんだろ!?」
ソーマは声の調子を上げ、ほぼ乱暴にナズナの額にタオルを載っける。
途端に、ナズナの額は冷やされていき、心なしか楽になっていく。

ナズナは、その乱暴さに文句を言いたかったが、
やってもらっている以上、あまり言う気分にもなれない。

仕方なく、口を閉じ、眠ろうかと思った。

「あ、眠るんだったら、薬、飲んどけよ」
ナズナは、ソーマの予想外の言葉に驚きを隠せなかった。

しかしそれは、言った本人も同じであった。
顔を赤らめ、焦りながら言い訳をする。

「いや、ほら、お前が治らないとご飯がリクの食べることになるし、
薬だって、お前置き場所知らないと思ったから出しただけだし…。
と、とにかく、そういうことだから薬飲んで早く寝ろよな!!!」

そうやって言うだけ言うと、ソーマは襖を乱暴に閉め去った。

「な…なんですか。まったく…」
ナズナは、そんなことを言いながら薬を取る。

地流の者の世話になる、と一瞬思ったが、非常時なので仕方がなく飲んだ。

ナズナは、普段とはまた違うソーマの面を見たような気もしながら、
眠りについた。

“ほんま、ナズナはんも困ったものどすな。風邪の時ぐらい、
素直に感謝しなはればええのに…”
ホリンは、誰に言う、ということもなく、
ナズナの風邪とは思えない気持ちよさそうな寝顔を見ながら言った。


“…ソーマ?どこ行くんだ?”
バタバタと音を立てながら急ぎ足で外に出るソーマにフサノシンは問い かける。

「買い物。昼ご飯買いに」
“…待ってれば、勝手に丼が届くんじゃないのか?”
顔をうつむけながら話すソーマに、冗談じみたことを言う。

「…そうかも知れないけど、なんかあいつの物は食いたくない」
“ふーん。いつも上手そうに食ってるけどなあ?”
「…うるさい」
一応警戒心を持っているのか、それとも、ナズナの作る飯以外食いたくないのか。
どっちだろうな、などと思いつつフサノシンは微笑む。

“…しかし、ホリンのやつ、褒めちぎってたな”
先程のホリンとナズナの会話を思い出す。
…実は襖の外で聞こえてたのだ。

“でもよソーマ、お前にしちゃあ、めずらしくないか?
あそこまで世話するのも”
「…」
“なんか、久しぶりに見た気がする。一体、どういう風の吹き回しだ?
お前、あいつのこと嫌いなんだろ?”
気になってたことを、と言うよりは、面白がって聞いてみた。
…もっとも、答えはもう察しがついてるが。

「…嫌いだよ。生意気だし、むかつくし、一言多いし偉そうだし、
なにかと当たってくるし、目の敵にしてるし。それに…」
“それなのに助けるんだな”
このままいくと永遠続けそうなソーマの話に、横入れする。

「う…。べ、別に良いだろ!!困ってる人を助けるのは当たり前なんだから…!!」
ならそんなに声を上げることもないだろう。
と言う言葉を、フサノシンは呑み込んだ。
ソーマの表情から、なにかを考えていることを読みとったからだ。

ソーマは、フサノシンの“本当のところはどうなんだ?”といった感じに、
答えようか迷っていた。

本当のところ、風邪を引いているナズナは、なんともしおらしくて心許なか った。

出会ってから1度も見たことの無いような面というか、正直言ってらし くなかった。

色々と考えているうちに、だんだん顔が熱くなってきたことに気付き、
結局はフサノシンにはこう言うことに決めた。

「ほら、あいつにも言ったけどさ、あいつが寝込んでると、
またあのリクのまずい料理食べる羽目になるかも知れないだろ?
それなら、まだあいつの和食の方がましだからな。」
そう言うとソーマは、もう言うことはない、とでも言うように
顔を正面に向けた。

それをフサノシンは理解し、もうドライブの戻ることにした。
“(まったく、ソーマもこういう時くらい、素直になれば良いんだけ どな…)”
などと思いつつ…。



照りつける太陽が暑い、夏の昼。

少年と少女はまだ、この微熱の病名を知らない…。





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106番のキリリク、「ソマナズ小説」です。…こんな感じでいかがで しょうか?(笑)
初のキリリクですー。…99番と100番がまだです。順番逆ですね。 すみません。
しかし、これ、ソマナズになりきれているかとか、ホリンの喋り方合っ てるかとか、なにかと不安です。(汗)
考えてみれば、ここまでちゃんとしたソマナズの小説って、初めてなん だよなあ…。
最初で最後にならないことを祈るぞ。(笑)
それでは、106番ゲッター の 伊勢史虎様に、これを捧げます。
リクエスト、ありがとうございました!!!

作成日:2006/03/17
掲載日:2006/03/18