今日この日の所為で、何日も前から落ち着かなかった。

今年のバレンタインデーは、例に漏れず、私もチョコを作ったから。

早く渡したくて、いつもより速く歩いての登校。

不安なドキドキもあったけど、彼の姿を見つけた瞬間、

それはまた別のドキドキに変わった。



『瞳の向こうの、彩り』



──半年前──

──中学2年、夏──


「ヒカリちゃん?」

ぼーっとしてたら、急に目の前にタケルくんの顔があった。

「えっと…」

一瞬、何が起きてたのかわからなくなって、周りを見る。

晴れた空に、入道雲。

真夏の太陽、砂浜に波の音。

楽しそうな声と、弾むボール。

ここは、夏休みの海。

そうたしか、ミミさんの知り合いの別荘を、貸してもらえることになって。

それで、久々にみんなで集まって。

「大丈夫?具合悪いんじゃない?」

パラソルの下、広げたシートに座っている私。

「…頭が、少し重い」

そう呟いた。

言った途端、私の額に、タケルくんが手を置いた。

その時、妙な違和感を感じたけど、驚いた感覚に消されてしまった。

「少なくとも、熱があるってわけじゃないみたいだけど」

自分の額に手を当て、比べながら、「たぶんね」と、

タケルくんは苦笑いした。

いつもそうやって、笑顔で、あまり表情を崩すことはないけれど、

私には、その瞳の奥に、いつだってタケルくんの気持ちが見える。

「大丈夫。私は平気だから、タケルくんは遊んでて」

心配してくれてるのはわかるけど、

でも、迷惑はかけたくないから。

「そう?…無理、しないでね」

「うん。ありがとう」

私は、笑顔で手を振った。

タケルくんは、心配そうな目をしつつ、みんなの方に歩き出した。

その時、だった。

(あれ…?)

周りの雰囲気が暗くなっていく。

人が、物が、周りの色が、白と黒に変わる。

(なに…?)

周りの音が聞こえなくて、動きもだんだん遅くなって。

このまま時が止まって、1人取り残されるような、悲しさ、寂しさ。

でも、不思議と怖くなかったのは、まだ色が残ってる人がいたから。

吸い寄せられるように、私はその唯一の色に向かって小走りになった。

完全に時間が止まってしまう前に。

止まってしまったら、私はこの世から消えてしまうような気がして。

手を伸ばして、肩を叩いて、気付いてもらおうと。

あと、十数cmで届く…。

「…ヒカリ…ちゃん?」

触れる前に、タケルくんが振り向いた。

声が聞こえて、周りの音も、聞こえてくる。

色も、動きも、元に戻っていく。

私は、ほっとしたからか、力が抜けた。



気が付いたら、私は室内に寝ていた。

和風の天井が目に入って、別荘内の和室かな、と思った。

「ヒカリ?」

「テイルモン…」

少し顔を上げて、よく見てみれば、ここは今朝荷物を置きに来た、私たち女子用の部屋だった。

「大丈夫?」

「うん…みんなは?」

部屋にはテイルモンと私だけみたいで、まだ頭の中がぼんやりとしてるけど、

今どういう状況なのかが、知りたかった。

「みんな、夜ご飯の支度してるとこよ。もうすぐ出来ると思う」

ゆっくり体を起こしながら、テイルモンの言葉を聞き、

いつの間にか時間が過ぎたことを知って、恨めしく思った。

「ヒカリ…大丈夫?」

「うん」

気分はもう落ち着いてるし、怪我もないみたい。

「あれ?」

自分の体を見てみたら、パジャマを着ていた。

「ああ、水着のままじゃ風邪ひくからって、空が着せてくれたよ」

「そう…あとでお礼言わないと」

「お礼言うなら、タケルにもね」

「え?」

そういえば、倒れるときの1番最後の記憶は、タケルくんにぶつかったところだった。

手を伸ばすのに全身傾けてたから、そのままの勢いで、振り向いたタケルくんに倒れ込んじゃって。

「ヒカリが倒れてすぐ、抱えて室内まで運んでくれたんだ。
たまたま私が部屋にいたから、あとは私が引き受けたけど」

「そう…」

結局、また迷惑かけちゃったかな。

「ごめんね、ヒカリ」

「え?なんでテイルモンが謝るの?」

「ヒカリが具合悪いのに、近くにいなかったから…」

耳が垂れて、尻尾も下がって、見るからにしょんぼりと、テイルモンは言った。

「謝る必要なんてないよ。今日は、タケルくんがいてくれたんだし」

ね?と私が笑顔で言うと、テイルモンはちょっと驚いたような複雑な表情をしたあと、

「そう…わかった。じゃあ私、ヒカリが起きたこと知らせてくる」

言うが早いか、部屋を出て行ってしまった。

「テイルモン…?」

1人、部屋に取り残されて、少しの間色々と考えてたけど、

とりあえず、普段着に着替えることにした。

考えてみれば、みんなはまだパジャマに着替えてない時間だし、

そもそも、この下は水着のまま。

明日こそは遊びたいし、風邪なんかひいたら、またしても迷惑をかけてしまう。

そう思って、着替えのため、窓から外を確認する。

静かで、外は雲が出てる所為もあり、もう暗い。

そして、見えるのはこの別荘の中庭。

決して広くはないけれど、ゴミ1つない綺麗な砂浜。

別荘を建てた人が、昔のままの砂浜が欲しくて、あえて手を付けなかったとか。

物も木も何もないから、誰もいないのは一目瞭然。

窓にカーテンは付いてないけど、今の時間誰もお庭には来ないだろうから、

部屋の隅に移動すれば、たぶん大丈夫。

洋服を出して、一応警戒しながら、着替えを始める。

広い部屋だから、隅から見ると余計に広く寂しく思えて、少し作業を早める。

無駄に警戒してる所為だとは思うけど、こういう時って、何でもないのに妙に怖く感じる。

でも、慌てて服を後ろ前に着る、なんて事はしたくないから、

ちゃんと広げて、しっかりと見る。

そして、着るために持ち上げたとき、視界に窓が入った。

外で、何かが、動いた。

「!?」

咄嗟に服で体を覆って、かたまる。

何も音がしないので、素早く服を着て、

ゆっくりと窓に近づく。

誰もいない。

暗い、夜の世界が広がってるだけ。

(気のせい…か)

1人神経質になって、バカみたい。

窓から目を逸らして、着替えに戻る。

でも、窓を背にした瞬間、

心が凍りつきそうな冷気が、部屋中に流れ込んできた。

うしろに、何かいる気がする。

ガタガタと、鍵のかかった窓を開けようとする音が聞こえ、

意を決して、振り向こうとした。その時。

「ヒカリちゃん」

反射的に、窓とは逆の方向にある、部屋の入口を見た。

「タケルくん…?」

襖の向こうにいるであろう人に、呼び掛ける。

「テイルモンに言われて、夕飯の準備出来たから呼びに来たんだけど…大丈夫?」

気づいたらもう、窓の方から音はせず、見ても何も感じなかった。

「うん。今行くね!」

返事をして、急いで準備を整える。

また変なことが起こる前に、なるべく早くタケルくんのところへ行きたいから。

「お待たせ」

襖を開けると、そこにはタケルくんのいつもの笑顔があった。

でも。

「…何かあった?」

歩き出して第一声が、これだった。

もっとも、言われる前に瞳を見てわかってたから、そんなに驚かなかったんだけど。

「うん…。今、タケルくんが来る前に、何かが窓の外にいたような気がして…」

「何か…それってもしかして、ヒカリちゃんが倒れたことと関係してる?」

あの時のことはまだ話してないから、これにはちょっと驚いたけど、

私が眠ってる間、丈さんやみんながきっと、倒れた原因が熱中症じゃないって思ったのかな。

「よくわかんないけど、関係してると思う」

「そっか。倒れたときは、何があったの?」

…そう聞かれるに決まってるのに、なんで答えちゃったんだろう。

何もないって言えば良かったのに。

本当のこと言ったら、きっとまた心配してくれる。

それは嬉しいことだけど、迷惑はかけたくないし…。

「無理して言わなくても、いいよ」

悩んでいたら、タケルくんは軽く笑って、そう言ってくれた。

「でも、出来れば誰かに言った方が良いし、僕もそれを望んでる。それと」

言葉を句切って、タケルくんは歩く速度を遅めた。

「心配と迷惑は違うからね」

「え?」

小さくもハッキリ言われた言葉に思わず足を止めたけど、

タケルくんはそれに対して追求はせず、笑顔で振り向いた。

「じゃ、早く行こう。みんな待ってるから」

その笑顔も声も、昔と何ら変わりはなくて。

でも、また、なんだか妙な違和感が。

タケルくんに、考えてること見透かされちゃったからかな。

私はタケルくんのこと、瞳を合わせないとわからないけど、

タケルくんは私のこと、見るだけでわかっちゃうみたいで。

まあ、出会った頃から、ずっと見ててくれてたのは知ってるけど…。

「あ、来た来た〜♪♪」

玄関前に、京さんが立っていた。

「ヒカリちゃーん!大丈夫〜??」

大声で叫ぶその様子に、知らず知らず、こっちまで元気になっちゃう。

「大丈夫です〜」

靴を履いて外に出ると、もうみんながバーベキューを始めていた。

「ヒカリちゃん!よかった、元気になったみたいでっ」

「今、ちょうど焼き始めたところです」

光子郎さんに、紙皿と割り箸を手渡された。

見渡すと、空さんと丈さんが野菜を焼いて、お兄ちゃんと大輔くんがお肉を焼いてる。

それぞれ2つずつある台からは、いいにおいがしていた。

「ヒカリちゃん、こっちこっち!」

京さんに呼ばれ行った先は、折りたたみ式テーブルの上に、いくつかのたれが置いてあった。

「たれは1番重要だから、気に入ったの選んでね!」

「…慎重に選んだ方が良いよ」

タケルくんが、横から忠告をくれた。

言われなくても、なんとなく想像は付く。

「1つは市販のたれだけど、あとはオリジナルでさっき作ったんだ」

タケルくんの説明によると、最初はヤマトさんだけが作る予定だったらしいけど、

途中からミミさんや京さんが加わって、面白そうだからって、お兄ちゃんと大輔くんまで。

それにつられてか、デジモンたちを先頭に、伊織くんや光子郎さんまで始めちゃって。

結果、そんなに材料無かっただろうに、多種多様なたれが出来上がったとか。

「それにしても、スゴイ量だね…」

売れ残りって気もするけど…。

「まあ、変なのに当たっちゃったときは、また選べばいいから」

「…そうね」

とりあえず、見るからにダメそうな物以外は、味見。

「野菜、焼けたわよ〜」

「こっちの野菜も、そろそろいいぞ〜」

空さんと丈さんの声が掛かり人が集まっていく。

「ヒカリちゃん、そろそろお肉も焼けるみたいだし、決まった?」

「うん。大体味見したけど、やっぱこれかな」

美味しいのは2つ3つあったけど、その中でも私の好みにぴったりだった物。

「あ、それ僕が作ったやつだ」

「あれ?タケルくんも作ったの?」

「うん」

言ってなかったから考えもしなかったけど、

でも、言われてみれば、こんなに好みがあってる人は、タケルくんくらいしかいない。

「みんなして自分に合ったやつ作ってたからさ、僕も作ったんだ」

じゃあこれは、タケルくんに合った味なんだ。

ここまで味覚が似てるってのも、友達とはいえ、改めてすごいな、って思う。

「もっとも、それはヒカリちゃん用に作ったんだけどね」

「え?」

「肉、焼けたぞー!!」

「あ、太一さんとこ、焼けたみたい」

「太一!!自分ばっかりお肉取らないの!!」

「いいじゃんか〜。焼いた奴の特権だろ?」

「みんなの分が無くなるだろ、バカ!って、大輔!焦げてるぞ端の肉!!」

「ってうわあヤマトさんすいません〜!!」

「監督の仕事、大変そうですねヤマトさん」

「そう?なんか板に付いてるわよ〜。鍋奉行って感じ」

「鍋…ですか」

「じゃあ、バーベキュー奉行?」

「あああお肉が落ちたあ!!」

「こらブイモン!!」

「俺の所為だけじゃないよ!大輔が…!!」

「あーあ…もったいない」

「いや、3秒ルールでまだ…」

「「太一!!!」」

「怒鳴るなよ2人とも…冗談だよ」

「ヒカリ…?」

テイルモンの声を聞いて、ハッとした。

周りの声とか、頭の中流れてても意味までわかってなくて。

「どうしたの?早く行かないと、なくなっちゃうわよ?」

「あ、うん」

一体、どうしてぼーっとしてたんだろう。

私のために、作ってくれた、から?

でも、タケルくんは誰にでも優しいから。

きっと、いなかった私の分をって思って、作ってくれたんだろうな。

他の誰がいなくても、たぶん、同じ。

タケルくんは、誰にでも、優しいから…。

・・・・・・。

(…あれ?)

なんで私、誰にでも、って強調してるんだろ。

これじゃまるで…ねえ?

「ヒカリちゃん…まだお肉取ってないの?」

ドキッと心臓が鳴って、気づいたら、目の前にタケルくんがいて。

「あ、うん」

「もう戦場状態だから、今から行っても遅いかもしれないけど」

言いながら、視線をみんなの方に向ける。

…たしかに、欲張って取ろうとする人や、そのまま食らいつこうとするデジモンたちと、

どうにかして取ろうとしてる人たちとで、すごいことになってる。

「あれじゃあ、1枚取るのも、難しそうだね」

「じゃあ、はい、コレ」

タケルくんが、私のお皿の上にお肉を数枚乗せた。

「全部じゃない…いいの?」

「うん。僕はさっき食べたから」

みんなが1枚取るのに苦労してるのに、余りがこんなにあるなんて…。

…これは、さすが、と言うべきかな。

「焼きたてだし、早く食べた方がおいしいよ」

「ありがとう。じゃあ、いただきまーす」

熱々のお肉を、一口食べる。

「おいしい?」

「うん。おいしい!」

ヤマトさんが見てただけあって、焼け具合が絶品。

そこに、タケルくんが作ってくれた味が混ざって、

満面の笑みになるくらい、美味しかった。

「よかった」

タケルくんも、いつも以上に、笑顔だった。

また、ドキッて、心臓が鳴って。

驚くところじゃないのに。

「タケルさん!すみません、ちょっと…」

伊織くんに呼ばれて、タケルくんはパタモンとワームモンの焼き肉争奪戦を止めに行った。

そして、1人、残念に思う気持ちとともに、私は取り残された。

「ヒっカリちゃーん!楽しんでる〜??」

「京さん」

「あ、お肉いつの間に取ったの?あげようかと思ってきたんだけど」

「いえ、タケルくんがくれて。ありがとうございます」

京さんにも、その気持ちにお礼を言って、そして改めて、タケルくんは誰でもするようなことをしたんだ、と思った。

「それはそれは、ごちそうさまです」

「や、やだそんなんじゃないですよ!」

「そんなこと言っちゃって♪本当は好きなくせに〜。誰が見てもラブラブじゃない」

本当は…。

痛いところつかれちゃって、顔が赤くなって、京さんが「図星ね」って顔してる。

「それを言ったら京さんたちだって」

「さ〜て!!お肉取りに行こうかなあ!あ、お肉だけじゃダメよね、野菜も取らないと太っちゃうわよね!あはははは!!」

わかりやすく取り乱しながら野菜を取りに行く京さんを見て、私もあれくらいわかりやすいのかな?と、

タケルくんの視線を感じて、思った。

好き、か。

よくわからない振りしてたけど、本当は、わかってたんだよね。

ちゃんと向き合えば、すぐに今までの違和感の理由がわかる。

熱を測るのに額に手を当ててくれたとき、あれは、今までだったら、額同士直接で測ってたと思うから。

廊下で感じた違和感も、私が弱っているときは、いつも手を握ってくれてたから。

でもそれは、ちょっと前までの話。

まだ、心臓がドキッて、鳴らないときの話。

お互いに意識しちゃって、今まで通り出来なくなって。

むしろ、小学生の時はよく額同士くっつけたり出来たなーって思う。

そんなの、幼稚園生だって恥ずかしくて出来ない子もいるのに。

意識、しないようにしてたのかな…。

大切な仲間だし、初対面からいきなり心の距離が近くて、

今のままでも、充分他の人より近い立場にいる。

なのに、これ以上近づきたいって思ってる。

特別でいたいって。

昔から感じるこの視線も、ずっと私だけを見ててくれてるのかな?なんて、思っちゃったり…。

……正直、頭の中で考えてるだけなのに、すごく恥ずかしい…//

「ヒカリちゃん?」

今日は、呼びかけられてばかりな気がする。

「あ…何?タケルくん」

なんか、まともにタケルくんのことが見られない…。

「顔赤いからさ、大丈夫かな?って思って」

「だ、大丈夫。気にしないで!」

笑ってごまかして、野菜を取りに行く。

さっきみたいに、楽しんで笑えばいいのに、そうもいかなくて。

まだ視線を感じる。きっと、本当に大丈夫なのかどうか、見てるんだろうな。

タケルくんは私のこと、見ればわかるから。

…もしかして、私の気持ちも、伝わっちゃうのかな。

ううん。もうとっくに知ってるかも。

たまに、私よりも私のこと、タケルくんはわかってるから。

それが悔しくて、でもほっとして。

本当はたぶんずっと、言いたかった。

好き、の言葉を素直に言えなくなったときから。

言えたらいいのに。

でも・・・。

「じゃ、そろそろ片づけるか!」

「え〜。もう終わりなの〜?」

「なーに言ってんだよアグモン。ほとんどお前が食っちまったせいだろ」

「あ、ごめん…」

いつの間に、と言うか、戦場になる程の勢いで食べたんだから、当たり前かも知れない。

バーベキューは、もう材料がないらしい。

「それじゃあ、代わりと言ったら何だけど、デザート作ろっか」

「あ、あたしさんせーい!」

「でも、片づけの間、同時進行で肝試しの予定ですからね」

そういえば打ち合わせの時、片づけにそんなに人数いらないから、

その間にくじ引きで順番に肝試ししていこう、って事になったんだっけ。

1つのペアが行ってから、次のペアが行くまでの間に片づけする方が効率いいから。

「ほな、わてらデジモンたちはおどかす準備に行きましょか」

「思いっ切りやるから、腰抜かすなよ、丈」

「あはは…覚悟しとくよ」

各自色々言いつつ、デジモンたちは別荘敷地内の林へと向かっていった。

でも、テイルモンは無言のまま、何かを伝えるような目で私を見たあと、

なぜかタケルくんの方を見て、行ってしまった。

なんだったんだろう…。まさか、テイルモンにもばれちゃったのかな?

「それじゃ、クジやるかー」

「あ、ちょっと待って。私は最後でいいから」

「空さん、そーゆーのはナシですよぉ」

「そうじゃなくて、デザート、作ろうかなって。みんなまだ、お腹すいてるでしょ?」

言われてみれば、私はタケルくんにもらったから1人分食べてるけど、

デジモンたちが予想外に食べたから、みんなあまり食べてないんじゃないかな。

…あれ?そういえば…。

「それなら、俺も手伝うよ」

「ヤマト君がいれば、味の保証が出来るわね」

空さんの笑う声が聞こえたけど、私はその他のことに気を取られていた。

「じゃあ、最後から2つのクジは抜いてっと。箱回しますから、順番に取ってって下さ〜い」

京さんが、くじの入った箱を伊織くんに渡した。

私のところに回ってくるまで、数人いる。

その間に、タケルくんに話しかけようか…。

迷いながらタケルくんの方を無意識に見たら、タケルくんは案の定、私の元にやってきた。

「どうかした?」

憎らしいほど笑顔で、でも、鼓動が早くなってしかたない。

「タケルくん、本当にあのお肉余りだったの?」

「え?」

「だってよく考えると、みんなそんなに食べてないんだし…」

タケルくんは誰にでも優しいからきっと、みんなの分を取ってまでは食べない。

みんな1人分より少なく食べてるのに、タケルくんだけ2人分取るって事は、

まず、ない。

でも、はっきり口には出せなかった。

つまりそれは、自分の分を私にくれたって事だから。

優しさなのはわかってる。

だから、答えを聞きたくない。

みんなに対する優しさと、同じだから。

1人の仲間って事に、かわりがないから。

仮にそうじゃなかったとして、特別だったとして、どうなるの?

気づかなきゃよかったってくらい、なんとも言い難い色んな気持ちが渦巻いてて。

良い意味でも、悪い意味でも。

気持ちに整理が付かなくて、混乱してるようで、全部タケルくんへの気持ちで。

近すぎて、どう接して良いのかわからない。

これ以上近づきたいって気持ちが、すごく悪い感情に思える。

ずっと友達で、仲間で、近くにいてくれて。

意識すること自体がちょっと恥ずかしくて。

だから、いつも通りにしてたと思ったのに。

なのに、もう手も繋げなくなってた。

遠くに行ってしまう感覚はなかったけど、

それがまた、今のままの距離を保たなきゃいけない気がして。

一歩踏み出したら、もう戻れないから。

私とタケルくんが、同時に踏み出せば、同時に距離が縮まればいいけど、

もし、ずれたら。

そしたら、今の関係はどうなるの?

気まずくなるか、昔と同じ振りをするか。

でも、壊れることは、無いと思う。

タケルくんは、それを1番嫌うから。

でも、戻れることも、無いと思う。

「ヒカリちゃん」

顔が、あげられない。

俯いちゃって、どうしていいかわからない。

いっそ、抱きついちゃいたい衝動にかけられる。

もちろんそんなこと、出来ないけど。

近いのなら、もっと近づきたかった。

遠いのなら、もっと遠い方が良かったのかも知れない。

友達より、仲間より、親友より近いから。

普通の友達なら、クラスメートなら、

他の女の子たちみたいに、放課後呼び出したりなんかして、告白できるのにね。

近すぎる時間が、長すぎたかな。

今更、タケルくんには、

言え…ない。

いつも通りでいよう。

親友より近い立場なんて、すっごくいい立場じゃない。

2人でいて、やっと1つになれる感じ。

これからも、それでいいじゃない。

これ以上、何を望むのかな。

(!!?)

驚いたのも、束の間。

一瞬のうちに、視界は地面ではなく、タケルくんになっていた。

どうやらタケルくんが、私の顔を無理にあげさせたみたい。

まっすぐ見上げた私の目は、タケルくんの目から逸らせなくなっていた。

いつも感じている、視線。

私を見ているとき、タケルくんが何を考えているのかが、

目を合わせればきっと、その瞳の奥に見える。

昔から、その瞳を見ようと思ったことが、何回もある。

でも、いっつも目を逸らされちゃって。

今やっと、その視線の意味が、本当の気持ちが、わかった。

「ヒカリちゃん」

何も言わなくても、いい。

あったかくて、優しくて、特別で、

大切に想ってくれてるの、すっごく、わかるよ。

「ごめん…言いたいことが上手くまとまらないんだけど…」


「大好きだよ、ヒカリちゃん。…僕と、付き合ってくれますか?」


「はい…!」

自然と顔に笑みが広がって、小さいけどはっきりと言葉を言って、

今度は、抱きつきたい衝動に、抗わなかった。

「私も、タケルくんのこと、大好きだよ…!!」

いきなり抱きついたのに、すぐ受け止めてくれて。

ぎゅっと、抱きしめられて、あったかさに、包まれて。

いつもの視線と、同じ。

いっつも、こんなにあったかい気持ちに包まれてたんだね、私…。

「ありがとう、ヒカリちゃん」

耳元で、タケルくんの声がした。

「それ、私のセリフだよ…。いつも、ありがとう」

タケルくんは、何も言わない代わりに、抱きしめる力を強くした。

そう言ってくれてありがとうって気持ちが、伝わってくる。

時間が止まって、自分が今どこにいるかもわからないくらい。

幸せで、ほっとして、愛しくて・・・。

「お前たち…なるべく手短にすませろよ」

お兄ちゃんの声が聞こえて、咄嗟にタケルくんから離れた。

周りを見ると、みんな色んな表情でこっちを見ていた。

「はあ〜。やっとくっついた、って感じねー」

「そういう言い方、良くないと思いますけど」

「でもまあ、もどかしいのは事実でしたからね」

「長い時間をかけて、やっと結ばれたってわけか」

「いや、結ばれた、は早いだろ」

「おいタケル。ヒカリちゃん泣かせたら承知しないからな」

「大輔、そりゃ俺の台詞だ」

「キャーヒカリちゃーん!おめでとー♪♪」

「京ちゃん、落ち着いて。…ヒカリちゃん、おめでとう」

「あ、えっと…。お二人とも、お幸せに」

あの…この祝福とからかいの空気はいったい…;;

なんだか、色んな意味で恥ずかしくなってきた…///

「ごめん賢くん、待たせちゃったかな」

「いや、別に…」

賢くんが、赤い顔しながら、クジの箱をタケルくんに渡した。

ずっと、渡す機会をうかがってたのかな…//

「僕は…これかな。はい、ヒカリちゃん」

タケルくんが、箱を私の方に向けた。

右手は、タケルくんの左手と繋がってたから、左手で箱の中の紙を取る。

「私は…これ」

畳まれた紙。表には、「開けちゃダメ」って書いてある。京さんの字だ。

たしか、中には番号が書いてあって、1番の人は2番の人とペアを組むって、事前に聞いてある。

「一緒に行けるといいね」

ちょっと照れ笑いになっちゃったけど、タケルくんにそう言った。

「そうだね。まあ、1番じゃなければ片づけで一緒にいられるからいいけど」

嬉しそうに言われて、自然に繋いでる手に力がこもって。

…周りから視線感じるけど、不思議とあまり気にならなかった。

「みなさんクジ引きましたね〜??じゃあ、自分だけまず見て下さーい!!」

そっと開いてみると、『1』の文字が。

最初って事は、片づけで一緒って事はないのか…。

片づけしないですむんだから普通は喜ぶ数字なんだろうけど、始めだし、

タケルくんの数字がわからないと、喜べない…。

「それじゃ、1番の人、出てきてくださーい!」

進行役の京さんとミミさんが、声高くテンション高く叫んだ。

「はい。私です」

紙を見ながら、京さんたちのところに行こうとしたけど、タケルくんが手を離してくれなかった。

「あれ?ヒカリちゃん1番?」

「うん。ごめんね、早くて」

「いや、そうじゃなくて、ほら」

タケルくんは、私に自分の紙を見せた。

『2』

「一緒、だね」

狐につままれたような顔をして、そう言って笑った。

私も笑った。

ちょっと信じられなくて、でも、当たり前のようにも思えて。

こうやって、いっつも一緒にいたんだよね。

「ずるとかしてないだろうなあ」

「してませんよ」

お兄ちゃんがからかうような顔で、タケルくんに詰め寄ってきた。

「んじゃー、早速2名様肝試しどうぞー!!」

興奮状態の京さんが叫んで、この場から去りたい思いもあり私たちは行こうとした。

「タケル。ちょっと耳貸せ」

歩き出す前に、お兄ちゃんがタケルくんに何か小声で話しかけた。

何を言ってるのかわからなかったけど、タケルくんの表情が、一瞬驚いた顔になって、

すぐに、とびっきりの笑顔になった。

「はい!それじゃ、行ってきます」

タケルくんは、お兄ちゃんに返事をすると、

私の方を向いて、「行こうか」って目で言った。

何を話していたのか気になったけど、とりあえず頷いて、歩き出す。

…うしろで声が聞こえたけど、妙な笑みを浮かべてる人たちを振り返る気にはならなかった。


手を繋いだまま、歩くこと3分。

暗い林は、脅かし役の気配すらないまま続いていた。

「…誰も来ないね」

「みんな終わりの方にいるのかな?いつ来るか警戒してる間って、恐怖心増しそうだし」

デジモンたちが昼のうちにを仕掛をしておいたらしいけど、

基本的な肝試しがどういう物なのかとか、一切関わってないから、

ちょっと勘違いしてたら困るかも。

「それにしても、なにもないね」

ただ暗い道を歩くだけ。

別荘の明かりも届かないところまで来て、

始めの打ち合わせ通りなら、そろそろどこかに始めのポイントである、懐中電灯が隠されてるはず。

暗闇に目も慣れてきたから、歩けないことはないけど、

このまま先に進むのはちょっと抵抗がある。

「懐中電灯は無しになったのかな?」

「かもしれないね。このくらいやらないとみんな怖がらないだろうし…」

タケルくんはそう言ったけど、私にはなぜか少し恐怖心があった。

ただ暗いだけの世界なんて、怖がる必要がないのに。

「ねえ、ヒカリちゃん」

少しして、タケルくんが足を止めた。

「ここ、本当にあの林の中?」

言葉の意味がわからないのが普通かも知れないけど、私は、すぐに答えることが出来た。

「違うと思う」

歩いても歩いても、先の見えない道。

薄々気づいていた。ここは、私たちの世界じゃない。

「…この海に来たときから、少し変なことがあって…。たぶん、それと同じ」

「変なことって?」

「倒れる直前に、周りの音が無くなって、色も白と黒になったの。…タケルくんだけは、色があったけど」

そういえば、どうしてタケルくんだけ色が変わらなかったんだろう。

考えても、原因がわからないから答えは出せないけど…。

「大丈夫。ヒカリちゃんは僕が絶対守るから」

繋いだ手に入れられた力と、いつも私を励ましてくれた、その笑顔。

それだけで、不安は吹き飛ぶ。

「…ありがとう」

そして、言葉はとても大切な、力になる。

手をより強く握って、私たちはまた歩き出そうとした。

でも。

「だめ、タケルくん」

歩いちゃ、いけない。

「どうしたの?」

「…いる」

見えない道から、なにかが歩いてくる。

形のある霧のような人が。

同い年くらいの、女の子が。

黒い髪で顔が隠れて、いかにもホラー映画に出てきそうな姿。

そして、その色は、白黒。

「ヒカリちゃん」

タケルくんが、私の体を引き寄せた。

顔を胸板に押しつけるようにして、私を守ろうとしてくれてる。

怖い。

寂しい。

悲しい。

あの女の子の気持ちが、流れ込んでくる。

「いや…っ」

「ヒカリちゃん」

繋いだ手から伝わる力、聞こえるタケルくんの鼓動。

大丈夫。きっと、大丈夫…。

でも、このままじゃ……。

どんどん私たちに向かってくる、女の子。

あと5歩も近づけば、目の前まで来てしまう。

暗くて辛くて、頭が、重い…。

「ヒカリちゃん」

さっきの呼びかける声とは、響きが違う。

行くよ、って言ってる。

瞬間、タケルくんが私を抱き上げた。

足が地面から離れて驚きながらも、タケルくんの首に腕を回して、必死にしがみつく。

走り出した。

逃げ出した。

しかし、元来た道は霧が出てきて先が見えず、進んではいけない、と本能が告げていた。

タケルくんもわかってるみたいで、無理に進もうとはしなかった。

逃げられない、でも、ずっと近くにいたくない。

「ヒカリちゃん…あの子…」

タケルくんが、女の子の方を向いた。

女の子の頬に、不自然に涙が流れてる。

涙の1つ1つが異様に大きくて、顔の半分くらいある。

でも、泣いてた。

それだけは、たしかだった。

タケルくんは、少しずつ、女の子に近づき、

「君は…何を望んでるの?」

話しかけた。

女の子は、私たちに何もしてないから。

勝手に怖がって、逃げて、それだけ。

でも、この恐怖心には、何か意味がある気がしてならない。

「!?」

突然、女の子の周りに火が現れた。

“………”

女の子は、何かを言った。

唇も、髪の毛一本すら動かないけど。

でも、私には伝わってきた。奇妙な映像と共に。

「タケルくん、逃げて!!!」

火が、私たちに向かって飛んできた。

私の言葉を受けてか反射的になのか、

タケルくんは、私を庇いながら、避けた。

火は、霧の中に消えた。

「あの子、やっぱり話してどうにかなる相手じゃない」

また、新たな火が出てきて。

「でも…、でも…、それじゃどうやって…!!」

また、火が飛んでくる。

同時に、目を開けても瞑っても、目の前に映像が流れる。

知らない男の子が、自分を庇って荒波に呑まれる姿。

この場所は知ってる。

昼間遊んでいた、海だ。

でも、少し景色が違う。

嵐の中、男の子は恐怖の表情を見せたあとに、波に消された。

この映像は、何?

女の子の見たもの…?

急に映像は消えて、タケルくんが見えた。

必死に、私を守りながら、火を避けている。

「ねえ、タケルくん…」

「ヒカリちゃん、どうやったらあの子を止められるのか、何かわかる?」

「違うの…そうじゃない」

「え?」

そうじゃない。

あの子が怒っているのは、私。

絶えず飛んでくる火と共に、少しずつ、女の子の気持ちがわかってくる。

「ずっと、誰かに気づいてほしかったんだよね」

「ヒカリ…ちゃん?」

火が、途切れた。

私は、タケルくんに降ろしてもらって、女の子のところへ歩いた。

「白と黒の世界も、着替えの時も。みんなの中で、私だけあなたの気持ちが届いたんだよね」

無表情な顔。涙で濡れた体。

「私は、みんなよりそういうのわかっちゃうから」

近づいていく。少し、少し。

「でも、気が付かなくて、ごめんね」

気にならなかったわけじゃないの。でも、たぶんそれどころじゃなかったんだと思う。

タケルくんへの気持ちの方が、気になっちゃって…。

「怒ってるよね。本当、ごめんなさい」

ずっと、1人だったんだよね。寂しい気持ちが、いっぱいだった。

目の前まで、来た。

身長は、私の方が少し高い。

でも、その無表情な目は、はっきりと見えた。

これで、成仏出来ればいいけど、でも、ただ寂しかったんじゃない。

あの男の子の映像が、気になる。

また目の前に、恐怖の表情の男の子が、映る。

「ヒカリ!!」

タケルくんが後ろから抱きついてきたと思ったら、直後に体が右の方に傾いて、地面が近くなった。

何が起きたのかわからなかったけど、ただ、視界の端に、火が見えた。

「タケルくん!?」

振り向くと、私が地面に叩きつけられないように支えてくれたタケルくんの腕が少し、

火傷していた。

顔は近いはずなのに、表情がよく見えなくて、どうしたのかわからない。

どうしたの?何があったの?

もしかして…また、庇ってくれたの?

空気が、雰囲気が、冷たい。

「タケル…?」

震える声で、呼びかける。

大丈夫なの?

いつもみたいに、大丈夫って言って。

いつもなら、逆に私に聞いてくるよね?

「ヒカリに…」

タケルが、口を開いた。

「ヒカリに…なにしてんのさ」

言いながら、私を引き寄せて、きつく、抱きしめた。

「た、タケ」
「ヒカリは、渡さない。そっちの世界になんか、連れて行かせない」

強く抱きしめられて、まともに表情が見えない。

でも、顔なんか見なくても、瞳なんかいちいち見なくたって、

これがいつものタケルくんと違うこと、もしかしたら本当のタケルなのかも知れないこと、

それくらい、わかる。

「ヒカリは、優しいから…。誰でも信じて、助けようとして。でも、危険な目にも、遭って…」

タケルが、少し力を抜いて私の顔を見た。

「守らなきゃいけないって、思ってた。ずっと」

「でも、違った」

額同士をくっつけて、目と目が近づいた。

「ただ、守りたかったんだ。僕の手で」

今は、瞳の奥じゃない。目を見なくてもわかる、本当の気持ち。

タケルは、顔を上げてあの子の方を向いた。

「君が何をやったって、僕はヒカリを守る。相手が何だろうと、僕がどうなろうと、関係ない」

どう、なろうと…?

「ダメ!そんなこと言ったら…!!」

あの子の狙いは私なんだよ?私の所為でまた、タケルが傷ついたら…!

また、映像が見える。

つまりそれは、さっきまでと同じなら、火が飛んでくるってこと。

「タケル、逃げて!!!」

今度は、背中から襲うなんて卑怯な真似は、してこなかった。

大きな火の塊が、私とタケルに向かってくる。

目の前は映像の海だけど、私にはなんとなくわかる。

でも、火は私に当たらなかった。

まさか。

(タケル…!?)

嫌な予感と同時に、映像が消えた。

タケルの腕を振り解いて顔を上げたら、火は目の前で止まっていた。

安堵と同時に、疑問に思う。

どうして止まったの?

女の子は、私ではなくタケルを見ていた。

私も、タケルの顔を見た。

止まってる火が目と数�しか離れてなくて、その表情は少し恐怖を帯びていた。

その顔を見て、私はなんとなく、火が止まった理由がわかった。

似てたから。あの男の子に。

自分を庇った人が、恐怖を視ている。

私の所為で、と感じさせる、その表情。

でも、決して、自分を責めてはいけない。

「タケル…」

自分をいくら罰したって、庇ってくれた相手が、苦しむだけだから。

「我ながら情けないね…怖がったりして。でもこれくらいの恐怖なんて、どうってことないよ」

いつもと同じだけど違う、冷たい闇の笑顔で、タケルは女の子に言った。

「僕が邪魔なんでしょ?ならこんな火、動かして構わないよ。それで君の気が晴れるならね。
でも、ヒカリは渡さない。誰にも渡さない」


「ヒカリは…僕の光だ」


火に映されたタケルの顔は、嬉しさが滲み出る私とは反面、今まで見たことのないような表情をしていた。

あたたかい笑顔でも、冷たい笑みでもない。

真剣で、でもその瞳は、どこか別のところを見ている。

命を消しそうな火も、視線の先の女の子も無視して。

この時私は初めて、タケルの瞳の更に奥にある、深い闇の濃さを知った気がした。

私の持つ闇よりも、深くて、狭くて、怖い闇。

これは、小さい頃の大好きな人、「たけるくん」にも、

大きくなっても一緒にいてくれた大切な人、「タケルくん」にも、

出会った頃からずっと守ってくれている愛する人、「タケル」にも、

全てに共通している、『高石 岳』の本当の姿なのかな…?

私は、急に背筋が寒くなって、身震いした。

でもそれが、タケルの闇に関してなのかは、わからなかった。

あの子が私に、入ってきたから。

「“どうして”」

私の口から、勝手に声が出る。

一瞬、意識を失いそうになったけど、タケルの手を繋いだら、楽になった。

「“どうして、そうまでして”」

私の体が、勝手にタケルの目を捕らえた。

タケルは、逸らすことなく、その闇色の目で、私の中のあの子を視た。

「…なくしたくないから」

少し言葉を選んで、出てきた一言。

「誰でも、大好きで大切な人は、愛する人は、失いたくない」

「それとも、君は違うの?」

冷たい物に、鋭く刺された気がした。

女の子の想いが、巡っている。

遠くから見てるだけで良かった、大好きな男の子。

滅多に家にいない家族と、家柄重視に上辺を良くして付き合う近所の人たち。

故に、独りだった毎日。

「“大好きな人…失いたくない…でも…”」

男の子の、一瞬の恐怖の表情が、消えない。

「“会ってすぐだったのに…もっと一緒に楽しみたかった…でも、私がいなくなった方がよかった…!”」

叫び声が、痛かった。

わかるから。守られる者の気持ち。

庇われて、みんな傷ついて。

どうして私のために。

私も、あなたを守りたいのに。

「…事情はよくわかんないけど、その『あの人』って人も、同じだったんじゃない?」

タケルは、特に表情を変えることなく、そう言った。

「“何が同じなの…あの人は好きで私と一緒にいたんじゃないのに…親の命令で…”」

「親の命令で、何をしたって?」

一言一言が、重く、鋭い。

「“私が『ご令嬢』だから…だから、私を庇って”」
「それはないよ」

私の口が最後まで言う前に、タケルは言った。優しくあったかい、笑顔で。

「命令で庇ったとしても、本当に助けることは出来ないよ。
自分の気持ちを全てかけないと、どんなに力が強くても、守りたい相手を守ることは、出来ない」

少しタケルの目が曇ったけど、またいつもの目に戻って、続けた。

「きっとその人も、君がその人を想うように、君のことを失いたくなかったんじゃないかな」

「僕がヒカリを想うのと、同じで」

女の子の気持ちが、今までのタケルの言葉を反芻していた。

このあったかい気持ちと、同じ気持ち……。

「“……ありがとう”」

急に、体が元の感覚に戻って、景色も戻った。

「大丈夫?ヒカリ」

力が抜けてしまって、タケルに支えられる。

「うん…大丈夫」

いつの間にか、林ではなく、別荘の中庭にいた。

「あの子の力で連れてこられたのかな?」

今度は妙な世界とかじゃなく、ごく普通に移動させられただけみたいで。

「何か意味があるのかも…」

そう言った直後、何かに呼ばれた気がした。

「ヒカリ?」

「下…?」

「え?」

私たちのいる砂の下から、呼ばれてる。

急いで、衝動的に素手で掘る。

タケルも、すぐに手伝ってくれて、2人でとにかく掘った。

少しして何かが出てきた。

「何だろ…これ」

穴から取り出してみると、それは写真立てだった。

煤のように黒ずんでいて、所々焼け跡が残っている。

中には、ピアノと男の子の側に、手に蝶を持った女の子が写っている、白黒写真が入っていた。

「そっか…この写真が…」

あの男の子と女の子。

私の見た表情と同じ人とは思えないほど、いい笑顔で写っていた。

「幸せそうだね、あの子」

タケルが、そう言った。

でも、写真は少し汚れていて、女の子の体を始め、至る所に涙のような大粒の染みがあった。

きっと、あの男の子がいなくなったあと、この写真を見て泣いてたんだろうな…。

「うん…。ちゃんと、お寺に持って行ってあげないとね」

そうすればきっと、本当に2人一緒にいられると思うから。

「あ…」

写真の蝶が、少し動いたと思ったら、どこからかピアノの音が聞こえた。

「2人じゃなくて、蝶とこの曲も、一緒なのかな」

奏でられている曲は綺麗な音色で、きっとあの子も、好きだったんだと思う。

なんとなく、この曲が私たちに幸せを届けてくれている気がした。


「さてと、そろそろ行こうか」

曲が終わる前に、タケルは立ち上がった。

「うん。でも、いきなり別荘から出てきたら、お兄ちゃんたちびっくりするかもね」

林に行ったのに別荘から出てくる道なんて、存在しないから。

「あー…太一さんは大丈夫だと思うな」

「どうして?」

いくらなんでも、林と別荘までの唯一の道にお兄ちゃんたちがいるんだから、誰でも驚くと思うけど。

「肝試し行くときにさ、太一さん僕に言ったんだよ」

「『ヒカリのこと、任せたからな』って」

「お兄ちゃんが…?」

あの時、そんなこと言ってたんだ。

「太一さんも、たぶんテイルモンも気づいてたと思うんだ。ヒカリが何かに狙われてるってこと」

「でも、タケルに任せたんだね」

なんとなく嬉しくなって、ちょっと笑った。

「嬉しかったなあ。僕に任せてくれるなんて。色んな意味で、認められた気がして」

タケルは、出会った頃のような笑顔で言った。

「ねえ、タケル」

「ん?」

「私は小さい頃からずっと、タケルのこと頼ってたよ」

「えー?本当に?」

「嘘じゃないって。タケルはずっと、私の希望だよ」


白と黒の世界で、唯一色があった。

きっと私を助けてくれる。

絶対、救ってくれるから。

そんな、心の底から信じてる人だから。

だから、私の希望の色は、消えなかったんだと思う。


──そして、今──

──中学2年、バレンタイン──


小走りになって、タケルの肩を叩こうとする。

手を伸ばして、肩まであと、十数cm…。

「…ヒカリ?」

触れる前に、タケルが振り向いた。

でも、わかっていたから驚かずに、その振り向いた顔の目の前に、チョコレートを差し出した。

「はい。バレンタインのチョコレート」

今までと違う、初めての本命チョコ。

何を作るか考えて、少しでもうまく作れるように何回も試して。

気に入ってくれるかな?

タケルは私の好みの味を作ってくれたけど、私はちゃんと作れたかな?

色んな想いが混ざっている、その箱をタケルは受け取った。

「ありがとう」

言葉でどう表したらいいのかわからないけど、タケルの顔は、いつもより何倍も格好良くて嬉しそうな笑顔だった。

「それから…」

タケルは、少し屈んで、私の唇にそっと口を付けた。

「おはよう」

にこっと笑ったその顔は、至近距離から見ることで、心臓がとろけそうになってしまった。

「おはよう////」

「それじゃあ、行こうか」

「うん」


手を繋いで、今日も2人で登校する。

あれから、瞳を見なくても、少しずつタケルのことがわかってきた。

でも、未だにあの瞳の奥の色は、そう簡単には見せてくれない。

あの闇の色は、どんな色が混ざって出来たのか、教えてほしいのに。

ううん、教えてもらうのを待つんじゃない、

いつか、絶対に気づくからね。

もっともっと、これからもずっと、一緒に過ごして。

私がタケルの光なら、きっと、その闇を照らすことが出来るから。

タケルが希望をくれたみたいに、私が光をあげるから。

お互いのことが全てわかったそのとき、瞳の向こうは、どんな色になってるのかな…。


希望の光の色だと、いいな。





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サイト1周年&1万ヒットお礼企画、リクエスト合同フリー小説(駄文)です。(*現在はフリー配布しておりません)
企画内容は、皆様からリクエストを募り、それを1つの話にしよう、というもので、
まさに、「無謀だよ」といった企画でした。
色々とあれ?な部分もありますし、ほんと、色んな意味で申し訳ない;;

では、先着順にリクエストご紹介。

佐倉流梨様より、「友達以上恋人未満のアニメのタケヒカらしいお話」
・・・・・・・・すみません;;序盤辺りがこれにあたるお話にしたつもりなのですが、
文中で「親友以上」とまで申すほど、端から見たらカップルだろ的になってしまいました;;
アニメらしいタケヒカもほんと、大好きなんですけどね。ちょっと行きすぎてしまった感が…申し訳ないです。

エアロブイドラモン様より、「ヒカリ⇒タケルのシリアスな切ない片思い」
これまた、全リクエストの中で1番シーンとしてあやふやになってしまい、申し訳ないです;;
てかどの辺!?てくらいになってしまいまいた…当初の予定って変わるものですね。(己の不甲斐なさ故)
一応私としては、告白シーン寸前辺りがこのリクに当たる部分かと思いますが…。
・・・・すみません、本当に少なくてしかも内容も内容で申し訳ないです。

匿名様より、「選ばれし子ども全員で旅行、そこでタケルがヒカリに告白!ラブラブ!」
この展開が主軸となりましたね。…おそらく。(ぇ)
あまりラブラブになりませんでしたが…告白直後は。(そうでもないのでしょうか)
てか選ばれし仲間たちが、時間設定中2にしたら驚きよりからかいに回ってしまった…;
ちなみに、予定としては最後キスまで行かなかったんです。(だってフリーでそれは恥ずかし//)
でも、結果的にはこうなって、まあラブラブなのかな。と。。
フリーということもあり、タケヒカ以外のカプをあまり前面に出さなかったので、ちょっと仲間たちの出番があれですみません;;
まあ、その分本当に2人中心の話になったのかなと。なれたのかな、と。。

匿名様より、「タケルとヒカリが付き合っていて死んでも(命を懸けても)ヒカリを守る姿」
このリクエストを見た瞬間に、「旅行先で幽霊に遭遇し、それから守るタケル」が出てきました。
それが初めに出てきたことがそもそもの間違いだったのかも知れません…。
無駄にホラー要素増したり、闇皇子が出てきたりしましたし。(書いてて思ったのが、私やっぱり闇皇子好きです。でもあの魅力出すのは難しい…)
無駄なのはむしろあの女の子ですね。あの子が意外に出しゃばってしまった。
名前とか、色々と裏設定は作ってあったりします。蝶とピアノとかも一応ちゃんと。
元々、Butter-Flyピアノバージョンのすごさに、あれを流したい的な感覚になったことがそもそもの原因だったり。
でも絡めづらかったので、「蝶」と「ピアノ」という単語のみで皆様に想像していただきたいなーと。(ォィ)
とは言いましても、この2つを決めたおかげで裏設定は出来ましたけどね。(でも裏だから無意味)
もう少しちゃんとえがけば唐突にならなかったのかなあ…。と思いつつ、もう少し出したらオリキャラ目立ちすぎです。(^^;)
ちなみに、ビジュアルイメージは「地獄少女」の「閻魔あい」です。
男の子の方は、「地獄少女 二籠」の「紅林拓真」です。
…好きなんです、「地獄少女」

上昇様より、「バレンタインデーでヒカリがチョコをタケルに渡すシーン」
もう少し普通に渡せば良かったかなあと何度も思ってしまいました、申し訳ないです。
あんまり本編絡んでませんしねー…。ああ構成力不足。
しかも、シーン少ないですよね;;冒頭と最後しかない!!
すみませんです本当に。(>_<)

というわけで、お心優しい皆様のおかげでどうにか成り立ちましたこの企画。
しかし…。色々と至らなさとかを再発見致しました。
それが今後に生かせればいいです。(^^)
それでは、リクエストして下さった方々、そしてお読み下さった方、ありがとうございました!!

作成・掲載日:2007/04/22