巣から堕ちた、黒い小鳥がいた。
羽が折れて飛べずに、ずっと、戻れずにいる。
風が吹いて、森の木々が揺れ、葉の隙間から光が射し込んだ。
高く遠いその光に、いつか向かいたいと、小鳥は思った。



『羽、舞うときと共に』



夜も更けた森。仲間達は寝て、この日の見張り番は輝一。
本当はボコモン達も一緒だったのだが…そもそもその選択から間違っていた。
やる気はあったようだが、今はすっかり、輝一の隣で熟睡中である。
輝一はひとり、眠気の心配もなく、ぼんやりとみんなの様子を見ていた。

そしてふと、泉に目が止まった。
他の人と違い、どこか安眠とは言えない何かがあって。
思い返せば、今日はどことなく、元気がなかった。
泉の肩が、少し震えた。…よく見れば、枕代わりにしている帽子にも、濡れたあとがあるようで。
輝一は少し考えた末に、上着をそっと泉に掛けた。
すると、泉は驚いたのか、瞑っていた目蓋を開け、輝一と目があった。

「あ…えっと…」

一瞬、2人とも、どう反応して良いのかがわからなく、沈黙が続く。
しかし、奇妙なことに、その目を逸らしたいとは思えなかった。

「あ、あの、これ…」

気まずい空気の中、切り出したのは泉。
自分にかけられた上着を持ち、輝一の方を見た。

「ごめん…勝手にかけたりして…」

つい、顔ごと目を逸らしながら、謝る。

「そうじゃなくて。…少し、借りててもいいかな?」

迷惑がられたんじゃない。ちょっとした安心と共に、輝一は振り向いた。

「うん」


小鳥は、ずっと、光を見ていた。
飛びたい。あの葉っぱの向こうに行って、光を浴びたい。
たまに、鳥が飛んでいくのが見える。
自分も飛びたいのに、置いて行かれている。
自分だけ、ここに取り残されている。

でも、ふと気が付いた。

誰もいないと思っていた森には、ずっと一緒に誰かがいたことに。
葉っぱを動かして、自分に、光に向かいたいと思わせてくれた、

風がいたことに。

小鳥は、風に話しかけた。

「眠れないの?」
「うん…。なんか、急にマイナス思考になっちゃって」

夜の冷たい風が吹く。
葉は動いても、光は見えない。

「このまま、どうなるんだろうとか考えて…。悪い方向にばっかり」

いつもの私らしくないなあ、と、泉は苦笑いする。

「俺でよかったら、相談に…乗るけど?」

思わず言い出すものの、ここでの経験が浅い自分に何が言えるのかと、言葉が少し小さくなる。

「優しいんだね」

しかし、そんなことは関係なく、にっこりと笑みを浮かべるその表情に、また、安心感。

「上着も貸してくれて…。あ、そういえば、輝二も同じ事したっけ」
「え…?輝二も?」
「やっぱり、双子なんだね」

まだあまり知らない双子との、不意に見つかった共通点。
ただ、嬉しい反面、なにかにがっかりしていた。

「いいなあ。私、ひとりっこだから」
「いや、俺も、ずっとそうだと思ってたし…」
「でも、これからは違うでしょ?」
「ぁ…うん」

急に現れた、毎日の目的。そして、未知の世界。
それと…。

「大丈夫。あなた達ならきっと、すぐに仲良くなれるわよ」

追い風。
短い間に出会えた、貴重な、大切な時間。

「ありがとう。何とかなる気がするよ」
「その意気その意気」

夜の冷たい風も気にならなくなるくらいの、奇妙なあたたかさ。
その後2人は、特に会話は多くないものの、見張り交代の時間まで、
あたたかな雰囲気に包まれ、眠らずにいた。


小鳥は、少し宙に浮いた。
追い風に乗って。少しずつ、少しずつ。
風と小鳥は、互いに話しながら、ゆっくりと進んでいく。
いつか、森を抜けようと。
いつか、暗い森から抜けようと。
寂しい暗さは、共に進むことで、より明るさを取り戻す。


「輝一君。キー、見つかった?」

急な声に、輝一は驚いて顔を上げた。

「あ、ごめん。…おどかしちゃった?」
「ううん」

無数の本を調べつつ、ふと目に入った森の絵を見て、いつぞやの野宿を思い出していた。
そして、いつの間にか少し寝ていたらしい。
言葉を特に交ぜることなく、輝一はまた作業に戻った。

「…ねえ、輝一君…」

少し経ってから、泉は口を開いた。

「なに?」
「さっき拓也と現実世界について話してたんだけど…戻れたら絶対皆と逢おうね」

作業の手が、一瞬止まった。

「すぐに会えるかはわからないけど、でも、こんな出会い方珍しいし、
それに、この世界だけでおしまい、なんてことには、したくないから」

確かに、珍しいどころか、運命と言えるほど、他にはありえないこと。
その体験は、誰に言ってもわかってもらえることではない。

「輝一君は、お家どこ?会える範囲だといいんだけど」

会いたいのは、話したいのは輝一も同じ。でも…。

「(みんなは帰れても、…でも…現実世界に俺は……)」

輝一にとって、まだ誰にも言っていない、最大の疑問。
自分は、今どういう状態なのだろうか……。

「輝一君?」
「あ、ごめん。…聞いてなかった」
「どうしたの?難しい顔しちゃって」

心配そうに、顔をのぞき込む泉。

「いや、別に。大したことじゃないから」
「もしかして、『戻れないかも』って、思った?」
「え!?」

誰にも言ってないのに、気付かれないでほしいのに、思わぬ一言が泉から飛び出た。

「図星〜?…まあ、しかたないっか。私もこの前、『このまま戻れなかったりして』って思ったし…」
「この前って…」
「そう。輝一君が上着貸してくれたとき。マイナス思考になっちゃって、もう2度と帰れないのかなって」

この言葉を聞いて、輝一は少し安堵した。…バレたわけではない。

「でも、そんなことない。絶対に戻れるから。みんな、向こうで会えるから」

どこからその自信が沸いてくるのか、声には元気が溢れていた。

「…私ね、あの時輝一君と話が出来て、少し楽になったの。まだ私の知らないことを、知ることができるって思えて。
まだまだ終わりじゃない。どんな大変な時でも、きっと、変わることはできるから」

そう思えたの、と、泉は明るい表情で言った。

「ありがとう。輝一君」
「…でも俺、何もしてないし…」

お礼を言われるようなことは、何もしてなかった。
普通に、少し話しただけ…。

「それでも私は元気になれたの。だから、輝一君も、辛いときは、私に言ってね。
力になれないかも知れないけど、でも、悩んでるときは、誰かに話した方がいいよ?」

今まで、正直に言うと、相談相手はいなかった。
輝一にとって、家のことは友達にはあまり言いたくない。ましてや輝二のことは、説明にのどが詰まる。
でも、この世界で出会った仲間なら…。

「うん。そうだね」

自然と、顔が綻んだ。

「じゃあ、約束ね」

泉も疲れているはずなのに、そんなところは微塵も見せず、また、笑顔を見せた。

「あ、じゃあ俺からも、約束してもらっていい?」
「なにを?」
「悩んでることあったら、泉も言って。俺、泉のこと、もっと知りたいし」

泉は、ほんの少しだけ赤くなったが、すぐに笑顔に戻って、

「わかった。約束する」

と、嬉しそうに答えた。
その時輝一は、自分ばかりが背中を押してもらうのではなく、
自分からも泉の手助けが出来るかも知れない、と、元の世界への希望が、
「みんなと一緒に帰りたい」という気持ちが、視えた。


小鳥は、いつか風と一緒に、光の下どこまでも飛びたいと思った。
いつか、大きな鳥になったときに、風だけに頼らず、自分の羽で、風を起こして飛びたい。
きっと、いつかは飛べるから。
そのときまで。
そして、それからも。

風と共に、舞い上がろう。





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2007年頃に朱木橙子様に献上したものです。
メモによると、当時主催されていた一泉絵板での橙子様のイラストからイメージしたもののようです。
…掲載日の現在、あれから12年という驚きの歳月のため、経緯が忘却の彼方で申し訳ありません…。
ただ個人的にとても気に入っていた覚えはあって、いつかサイトにも載せようと思っていました。
だからって12年越しとかおかしな話にもほどがありますが。
改めて読んで、好きだなあと再確認しました。
輝一兄さんも大好きだし、泉ちゃんも好きだなあと…あと懐かしいなあと…。
フロ見直したくなりました。ちょうどそろそろBlue-rayBOXの発売日です。いいタイミングです。
こうやって読み返したりして触れると再燃してきますねー。またフロも燃え上がりますように!

作成日:2007/5/31
掲載日:2019/3/30