とある土曜日の夜。

もうじき日付が変わるという時間に、仕事から帰った裕明が自宅のドアを開けると、

迎えに出た息子のパートナーデジモンがいきなり駆け寄ってきた。


「あ、よかった!!ヤマトが…ヤマトが大変なことになっちゃって…」

今や家族同然となっているガブモンは、ようやく現れた助っ人をリビングにと 連れていった。



部屋に入った裕明がまず目に入ったのは、自分の勤める局の番組が放送されている テレビ。

芸能人がなにをしたのか、スタジオは笑いの渦になっている。


しかし、それを見ているであろう自慢の息子・ヤマトは、

笑うどころか何かを悩んでいるかのような切羽詰まった顔でテレビを見ていた。

と言うより向いていた。


「・・・気付いたらあんな感じだったんだ」

ガブモンが申し訳なさそうに言う。

「電気はつけっぱなしだし、食事の時だって、こぼしたり落としたりしてばかりだったし、

今みたいに、どこか別の所を見ているみたいで・・・」


この言い方ではなにやらものすごい状態のようだが、

いわゆる「ボーっとしてる状態」であった。


「・・・ヤマト。帰ったぞ」

試しに声をかけてみる。

しかし、反応は皆無。

どうやら普通のボーっとしてる状態よりは重傷らしい。


「…こりゃ、重傷だな…なにかあったのか?」

おそらく完璧な答えは聞けないだろうが、せめて何かヒントになることでもないか、

と、ガブモンに聞いてみる。

「ううん…わかんない。気がついたら、ヤマト、ずっと上の空で・・・」

とその時、ヤマトが急に振り向いた。


「あ、親父。帰ってたのか」

急にいつも通り動き出したヤマトに、裕明もガブモンも面食らった。そりゃそうだ。


「おまえ、なにがあったんだ?」

急激な変化に、とりあえずとっさに出てきた質問をする。

「え?なにって別に…。  ……ところで親父、なんか食うか?」

どうやら何も言わないようで。

まあそれならそれで良いと思いつつ、裕明はテーブルについた。


普段通りに冷蔵庫から夕飯の残りを出す。

その姿は、見た目こそいつもと同じだが、

よくよく目を見ると、どこかしら心ここにあらず、なことにガブモンは気がついた。

ヤマトは、テーブルに残り物を置き、席についてまたテレビの方を向いた。

お笑い番組は終わり、天気予報をやっていたが、ヤマトは気付かなかった。


「(あの様子・・・なにがあったんだか…)」

そんなことを思いながら、裕明は煮物を摘んだ。

…が。

「Σ うぅっっ!!!?」

口に入れた途端に、柔らかな人参は謎の味と化していった。

「あ!!大丈夫!?」

慌ててガブモンがコップを差し出した。

「ふぅ…。一体、なんだったんだ?」

「ごめん…忘れてた…今日、めずらしくヤマト失敗しちゃって」

「……」

ヤマトが料理を失敗することなんて、まずない。

少し考えた末に、裕明は聞いてみることにした。


「なあ…ヤマト」

息子の肩を軽く叩き、別世界へを旅立っている意識を取り戻させた。

「ん、んん?」

「なにがあったんだ?」

驚いた様子で振り返ったヤマトに、裕明は鋭く質問した。


「ん?なにって別に、なんにもねえよ」

「なんにもねえわけないだろ。あんなに上の空で」

ヤマトがピクッと動いた。

その動きの意味がなんなのか、裕明とガブモンが考えているほんの数秒間、

テレビの天気予報の声のみが部屋に流れていた。


「…火曜日・水曜日にはお天気崩れそうです。明日は久々に雲のない、綺麗な空が」

ここでまたヤマトが動いた。

…ここまでくれば、さすがにガブモンはわかった。


「もしかしてヤマト、空と喧嘩でもしたの?」





次の日。天気予報通りの綺麗な空の下、ヤマトはコンビニに向かって歩いていた。


「ふぁ〜あ」

昨日あれから1時間以上話をしていたため、少し寝不足だった。


話というのはまず、空とは喧嘩と言うより、

時間的になかなか会えていないということの訂正から始まった。

が、その直接話が出来ない、機械を通さずに気持ちを伝えられない状態というのは、

下手をすれば自然消滅にも繋がってしまう。

などという話になり、暴走しないように抑えながらも、長々と語り続けてしまったのだ。


そして結論としては、「とにかく1度会う約束をする」ということだった。


だが、考えてみればこのところはデートの誘いなんかしていなかった。

だいだい相手の予定もわからないし、今日はなにか華道関係の用事があったはずだ。

もし万が一なにか邪魔や迷惑になるようなことになったら…。

とかなんとかマイナス思考に陥ってしまい(と言えば聞こえは良いが、 単純に臆病風に吹かれただけとも言える)、

とりあえず別の用事を先に済まそうと、外出をした。

そして、手土産を買おうと、目的地の1階にあるコンビニに立ち寄ったところである。


「いらっしゃいま…あ、ヤマトさん」

コンビニに入ると、速攻でのいらっしゃいませコール。

と同時に、店番をしていた京と賢が目に入った。

「よ。京ちゃん」

「アイマートへようこそ〜」

「お久しぶりです。ヤマトさん」

「久しぶりだな。賢君。……なんだ?バイト中か?」

「いえ。僕まだ中3ですから。一応バイトは禁止です」

「賢君には、こうやってたまにお手伝いしてもらっちゃってるんです」

「へー。そうだったのか」

久々に会話をしながら、ヤマトはレジの真横のアイス売り場に行った。

「ヤマトさんはどうですか?バイト代、はずみますよ〜」

「ははは。俺は今年受験だからな。…賢君は受験じゃないのか?」

「あ、僕は高校も一貫校ですから」

「ああ。そうだっけな」

そう言いながら、ヤマトは適当な箱を手に取り、レジに置いた。


「あ。これ、おいしいですよ〜」

「そうか。京ちゃんのお墨付きとなれば、タケルも喜ぶだろうな」

「タケル君のとこに行くんですか〜。そういえば最近会ってないなー」

京はてきぱきとレジを打ちながら言った。

「そうなのか?」

「ええ。ね?賢君」

「はい。みなさん受験の年なので、あまり集まれないんで…」

「…だよな。俺達だって最近全然会ってないし……」

前に会ったのは、おそらくゴールデンウィーク。

もう1ヶ月も会っていない。


「みなさんはみなさんで、用事がありますからね…。声をかけることもしなくなって…」

「そうそう。去年はこういうふうに晴れた日はよく誘ってたのにね」

「ま、会おうと思えば、どうにかなるもんだけどな」

丁寧に袋に入れられたアイスを持ち、ヤマトは出口の方を向いた。


「じゃ、またな」

「あ。はいありがとうございました」

「お引き留めしちゃってすみません」

お礼とお詫びを言うカップルを後に、ヤマトは店を出た。



雲1つない天気のせいで、照りつける太陽を遮る物がない。

あっちーな、などと思い、脳裏に出たのは先程までいたコンビニの2人。


「店番デート、ってか」

誰にともなく呟くと、棒付きのアイスが溶けないようにヤマトは小走りになった。




「いらっしゃい。兄さん」

6月な為まだクーラーは付いてないが、それでも部屋の中に入れば涼しいもの。

開けられた窓から入る風を感じながら、ヤマトはタケルに手土産を渡した。

「あ。わざわざありがと」

そう言うとタケルは、箱をテーブルへと置き、早速食べ始めた。

「で、今日はなんの用だっけ?」

ヤマトが椅子に座ると、袋から出したアイスを手渡しながら淡泊にタケルは言った。

「…お前なあ。久しぶりに兄に会ったんだから、もっと他に言うことがあるだろ」

本当は心の奥底では寂しいと思っていたが、あえて冗談っぽく言ってみた。

「あはははは。ごめんごめん。久しぶり。元気そうだね」

タケルの、小さな頃から変わらない無邪気な笑顔に、思わずヤマトは顔が綻び、

軽いため息のように、息を小さく吐いた。

「…と思ったけど、どうしたの?なんかあったみたいだけど」

「え…?」

少し安息を覚えていたヤマトは、反射的に驚きの言葉を返す。

「とぼけるんならとぼけても良いけど、その場合は、顔に出るのを治す努力、してね」

やはり弟だからなのだろうか。ヤマトの微妙は変化に即気付いたのは。

「…とぼけなくても、顔に出すのを治す努力は、してるんだけどな」

今度は大きくため息を付いてヤマトが言った。

「そのわりには、全然治ってないように見えるけど」

垂れそうなアイスに夢中になりながらも、タケルはズバッと言った。

「…お前はそういうところを少しは治せ」

以前は小さかった分だけ、毒舌も可愛く見えたものだが、

もう声も低いし体型も大人になってきた今となっては、

トゲのあるイヤな奴にも見えるし、場合によってはかなりおっかない。

「んー。治したらまた昔みたいに溜まったものが急に爆発するから、

 かえって危ないと思うけど、それでも良い?」

「ぅ……」

それは良くない。本人にも、周りにも。

「で?なにがあったわけ?」

「……空と、会えなくてさ」

「え?」

顔を下に向け、少し赤くなりながら言ったヤマトの言葉に、聞き返すようにタケルは言った。

「だからさ、空とここ1ヶ月会ってないんだよ。

 2人だけで会った時って言ったら、もう1ヶ月半は会ってないことになるくらい!」

ヤマトは今度は上を向きながら真っ赤になって叫んだ。


「……」


しばしの沈黙。

ヤマトは自分の言ったことももちろんだが、その言った相手のことを考えると、

さらに恥ずかしさが増す。


「…兄さん」

口を開いたタケルの表情は、先程までと同じく、

冷静で普段通りのトーンで言った。

「ん?」

「アイス、垂れるよ」

そう言われてヤマトが手に持っているアイスに目をやると、

その通り。あわや、というところのギリギリであった。

「うわっ」

慌てて垂れそうな部分を食べるヤマト。

考えてみれば、話に夢中でほとんど食べていなかった。

「で?空さんには電話したの?」

「ぐっ……!!」

単刀直入に言われた一言に、思わず動揺し、

アイスの棒がのどに当たった。

「…電話くらいしなよ…」

そんな兄の様子を、呆れるようにタケルは言う。

「そう言われてもな…今日は空、予定あるし…」

ぼそぼそと言い訳をしながらも、ヤマトはケータイを出した。

「そうやってなんやかんやと理由を付けては先延ばししてたら、8/1まで会えないよ」

「そりゃ…わかってはいるけどさ」

今一歩踏み出せない。考えてみれば、ヤマトは昔もこうだった。

空に片想いしてから、頭の中は空でいっぱいなくせに、結局告白はむこうからだった。

「…」

どんどん暗くなるヤマトを前に、タケルはしびれをきらし、

ため息と共にヤマトのケータイを奪った。

「あ?」

ヤマトが驚いて顔を上げると、タケルはすでにどこかに電話をかけていた。

「おい…タケル」

昔と変わらない物言い。

ただ、言われている方はもう変わってしまったらしい。


「あ、もしもし。八神さんですか?」

八神…はて、なぜここで八神家に電話を?

「お久しぶりです太一さん。…ヒカリちゃん、いますか?」

一瞬疑問が浮かんだヤマトも、すぐに答えがわかった。

「お前もしかして…」

ヤマトがそう呟くと、タケルはなにか含んだ笑みを返した。

「あ、ヒカリちゃん?ううん別に。ただヒカリちゃんの声が聞きたかっただけ」

こいつは、ひとのケータイでなにいちゃついているんだか。

と言うより、なに見せつけてるんだか。

ヤマトは半ば呆れるような気持ちと、羨ましいようななんとも複雑な気持ちとが混じっていた。

「んー。ちょっとお天気の都合でねー」

お天気の都合?なんだ?なんの話をしてるんだか。

「それでさヒカリちゃん…今からうち、来れる?」

って、呼ぶのかよ。

「そう。よかった。…なるべく、早く来てね」

早くって…そうか。なるほど。

「うん。僕も。じゃあね、待ってる……はい、兄さん。ありがと」

タケルは電話を切るとすぐ、ケータイを持ち主に返した。

「…つまりお前は、ヒカリちゃんが来る前に、空を誘えって言いたいんだよな?」

ヤマトはケータイを受け取りながら、弟の計画的犯行を見抜いた。

「わかってるんなら、早くしてね♪」

…まったく。「ご利用は計画的に♪」じゃあるまいし。

どこまで計算しているのやら…。


「……あ、空か?」

数秒後、ヤマトはベランダに出て、背中に弟の視線を感じながら、空に電話をした。

『…ヤマト?…久しぶり、ね』

「ああ、うん。…久しぶり、かな」

別に電話をすること事態はそう久しぶりでもないのだが、

少なくとも5日ぶりくらいではある。

「…悪い。今日、華道の用事あったよな…?」

『うん。でも大丈夫。…それより、なにか用事?』

「え、いや…」

はっきり言ってしまえば、今ヤマトの頭の中には、「デートの誘い」よりも

「用事がなければ電話しちゃいけないのか」ということであった。

『…なあに?言ってみていいよ』

まるで小さい子をあやすかの言い方。

少し癪に障るような気もしたが、それはそれで空の魅力である。

「あの、さ…その…最近、会ってないよな」

『え?ああ…そうね…』

「…たまには、会わないか?」

ヤマトは、自分の声が裏返ったような気がした。

『ええ。そうね。いつにする?』

案ずるより産むが安し。意外と上手くいきそうなことに、

ヤマトはほっとした。

「あさって。あさっての火曜日…ダメかな?」

『ううん。でも、塾があるから、ちょっと時間あまりないかな…』

「塾、か…。7時から、だったよな?」

『うん。その前に一旦学校から家に帰ってくるから…30分くらいなら、時間あるわ』

「そうか…」

30分…。それだけあれば…。

「わかった。じゃあ、何時が良い?」

『そうね〜…私は、6時くらい…5時50分かな。それなら、塾にも間に合うと思うわ。 ヤマトは?』

「ああ。俺も、5時50分で大丈夫だ」

『わかったわ。…じゃあ、あさっての火曜日の5時50分に、…いつものところ。 で、良いかしら?』

「ああ。じゃあ、また、な」

『うん。また、あさってにね』

「華道、がんばれよ」

『うん。ヤマト君も、がんばってね』

「ああ。用事の最中に、悪かったな」

『ううん。そんなことない』

「そうか…。じゃあ、また」

『うん。またね』

電話は、別れを名残惜しみながらも切れた。


「……ふぅ〜」

「お疲れ様」

部屋に入ると、いつの間に1本目を食べ終えたのか、

2本目のアイスを食べようと、箱から出しているタケルの姿が目に入った。

「うまくいって良かったね」

「ああ。無事すんで良かったよ」

ヤマトはタケルの向かい側の椅子に腰掛けた。

「『すんだ』って…始まりはこれからでしょ?」

「…」

そういえばそうだ。デートの誘いはしたものの、その中身は大して考えていなかった。

「で?あさってって、なにかの記念日?」

「ん?ああ。まあ…な」

「ふ〜ん。じゃあ、なにかプレゼントとかするの?」

「…そうだなあ…」

「今まではネックレスとか、色々とあげてたよね?」

「ああ。…って、なんでお前知ってんだよ」

確かに色々とプレゼントはしてきたが、それをあたかも全て知っているかのように言われると、

…正直気まずい。

「ヒカリちゃん経由で。ちなみにヒカリちゃんは、空さんや京さん、ミミさんから聞くって」

しかしそんな彼氏事情も、女子のお喋りの前にはかなわないらしい。

「ああ、そうかよ…」

とりあえず一段落はしたわけで、半分残ったアイスを食べ始めながら、ぶっきらぼうに言った。

プレゼントに関しては、まだ考える時間もある。


「…ところでタケル。あんまり食べ過ぎると良くないぞ」

2本目のアイスを1口かじったタケルに、ヤマトは忠告した。

「んーそうだねー。でもこれおいしくてさ」

「…まあな。さすが京ちゃんのお墨付きだ」

「あ、そーなんだ。通りで」

『ピンポーン』

「あ。ヒカリちゃん、来たみたいだ」

「…早いな」

ばたばたと急ぎ足でタケルは出迎えに行った。

「(さて…そろそろ退散しないとな)」


「あ。お久しぶりです。ヤマトさん」

ヒカリがタケルに連れられて部屋に入ってきた。

「よお。元気そうだな」

「ええ。おかげさまで」

「でもヒカリちゃん、ちょっと暑そうだけど」

「…やっぱり、タケル君にはわかっちゃうか」

今にも「てへっv」とでも言いそうな顔でヒカリは言った。

「もしかして、走ってきた?」

「あったりー」

「そんな、早く来てとは言ったけど、無理しなくても…」

「ううん。無理なんかじゃないわよ。  私が早くタケル君に会いたかっただけなんだから」

「ヒカリちゃん…」

はいはい。いちゃつくのなら外で…と言いたい所だが、

あいにくとここはタケルの家。

出て行くのは、こっちの方だよな、とヤマトは渋々帰る支度をする。

と言っても、元々の用事を済ますだけだ。


用事というのは、この先の進路のことを書いた手紙を、母に渡す、ということだった。

「なあ、タケ…!?」

ヤマトがタケルの方を見ると、瞬間、口同士が繋がった2人組が目に入った。

「☆■○△×�〜〜!!!?」

思わず声にならない声を上げ、沸騰してしまう。

ドラマ以外でこんなシーンを見るのは初めてだし、ましてや自分の弟だ。

「ぷは〜〜。ほんとだ。このアイス、おいしいね♪」

やがて離れると、すぐにヒカリが言った。

「でしょ?だから、はい。あげる」

「ふふ。ありがと〜v」

どうやら、アイスの味見…口移しだったらしい。

「た、タケル…!?」

未だ動揺が隠せないヤマトは、沸騰したまま叫んだ。

「ん?なに?」

この反応からすると、どうやらヤマトの存在を忘れてはいなかったらしい…。

「いや、その、手紙ここおいとくからさ」

「わかった。母さんに渡しとくね」

「あ、ああ。頼んだぞ…じゃあまたな!!」

そう言うとヤマトは、全力で年下カップルのいる家を飛び出していった。




「はあ…はあ…」

エレベーターに乗りながら、いきなり走ったためと、衝撃から来た激しい鼓動を休めていた。

「あ…あいつぅ…」

これまでにも何度かあの熱々…もとい、甘々な関係は見せつけられたものだが、

あそこまでのものは、正直初めてだった。

「なに考えてるんだ…?」

誰もいない動く箱の中で、ヤマトは1人呟いていた。

「いきなりあんなもの見せつけやがって…目と鼻の先だぞ…」

確かに、弟が喧嘩する両親を見て育ったため、仲良くしてるのを見たいってのはあるかもしれないが、

だからって誰彼構わず、と言うより場所も関係なくいちゃつくのは…;

「今度会ったら、…会ったら…」

ぶっ飛ばすことはしない(というか出来ない)が、とにかくなにか仕返しがしてやりたい。

とは言っても、同じ事をタケルの前でしたとしても、喜ぶだけだろう。

いや、そもそも同じ事って言ったら…。


急にあたりがまぶしくなった。

どうやらいつの間にかエレベーターを降りていたらしく、マンションの外に出た。

相変わらず雲1つない良い天気。

空もカップル達を祝っているらしい。


「はあ…空は、してくれないだろうな…」

先ほどの一瞬を想い出すと、よくよく見ればヒカリも一枚噛んでいることがわかる。

なんというか見せつけ心というか…考えてみれば、

アイスの2本目を食べ始めた所、いや、ヒカリに電話をした所から、

弟の計画は始まっていたのやも。…計り知れない。


「…ヒカリちゃんもすごいもんだな…」

「ヒカリがどうしたって?」

突如独り言に返事が返ってきた。

ヤマトが驚いて振り返ると、そこには──。

「太一」

「よ。久しぶり。な〜にぶつぶつ言ってたんだ?」

からかいの笑みを浮かべつつ、どこか余裕のない顔で太一が聞いてきた。

「…別に。たいしたことじゃねえ」

「ヒカリがどうしたって?」

「!…だから別に。なにもねえって」

さすがに、太一に先程のことは言えない。

「ヒカリがどうしたって?」

よほど気になるのか、太一の口からはまた同じ質問。

「だーかーら。別になにもねえって言ってるだろ」

「……ヒカリがさー。ヤマトのケータイからかけてきたタケルに誘われて出かけたんだよなー」

「だからなんだよ」

「天気の都合だからだってよ」

「ああ」

そういやそんなこと言ってたな、などと想い出す。

「これがどういう意味かわかるよな?」

「あ?」

どうやら太一には意味がわかるらしい。

「なんだ。気づいてねえのかよ。簡単なことだーって。天気と言えば?」

「……そ…あ」

「正解。答えは「空」だ。簡単だろ?」

「……」

それでヒカリも意味を察して見せつけ行動に対応出来たのか…。

などとヤマトは1人納得していた。

「で?なんだ?喧嘩でもしたか?」

「…誰でも言うな」

「なんだよ図星かよ」

「違う。喧嘩じゃねえし、もうそのことは解決済み…あ」

そうだ。微妙にまだ残っていた。大事なものが。

「なんだ?解決したのか?してないのか?ハッキリしろよ」

「…お前さ、なんか良い、プレゼントみたいなもん…知らねえか?」

「はあ?」

「いやだから、お前にも彼女いるだろ?で、なにかあげたりするだろ?」

「要するに、空になにかあげてえのか」

「ま、簡単に言えばそうだ…」

親友とはいえ、相手は彼女と自分を幼いころから知るもの。

なんともまあ恥ずかしい思いである。

「なるほどなー。でも俺、あんまし詳しくねえしな…」

「…ヒカリちゃんからなにか聞いたりしてねえか?」

「女子のほしがるものか?いや。聞いた事ねえ」

「だよなー…どうすっか…」

「じゃ、プロのところに聞きに行きますか?」

「……プロ?」




「え〜〜。女のコがほしがりそうなものですか〜〜??」

数分後、太一がヤマトを連れてきたのは光子郎の家であった。

なんでも借りてたフロッピーを返しに来たとか。

で、そこに遊びに来ていたミミこそが、太一の言うプロ、だったのである。

「ああ。なにか良いのあるか?ミミちゃん」

せっかくの家デートを邪魔している気がして落ち着かないヤマトは、

太一が聞いているのをいいことに、数分間押し黙っていた。

「う〜ん・・・やっぱりー、身につけられるものですかね?」

「身につけられるものって・・・例えば?」

「ネックレスとか、アクセサリー系。  あ、でも指輪はやっぱりいっちばん最後がいいわね♪」

「・・・それは、あくまでミミさんの見解、ですよね?」

光子郎が遠慮がちに聞いた。

「んーまあそうだけどー、でも、乙女ならやっぱりそう思うわよ〜!」

「そっか〜。・・・ヤマトは確か、前にネックレスあげたことあったよな?」

「な!なんで誰でも知ってんだよ!?」

「世の中狭いんでね」

「…ったく」

おおかたヒカリにでも聞いたのだろう。女子のお喋りに歯止めはないらしい。

「そういえば、前に空さんに聞いたら、『ヤマトにもらったの』って、嬉しそうに答えてくれたっけ」

「え?空、そんなこと言ってたのか?」

「良かったじゃないか、ヤマト。決まりだな」

「あ、ああ…」

「あ!!そうだ!!ストラップなんかどうですか?」

漸く決定かと思われた時に、ミミは突然大声を出した。

「あ?ストラップ??」

「そう!ケータイにつけとけば、ネックレスと違って、  どんな時でも、肌身離れず持ち歩けますし!!」

「あ〜。たしかにそうだよな〜…」

「ストラップか…そういやあげたことはなかったな…」

「んじゃ、それに決まりか」

「よし!これにて一件落着!!それでもって、うまくいくこと間違いなし!!」

「ま、まあ、ミミさん。あんまり思いこまない方が良いですよ。  こういうことは、人によって違うわけで…」

どうやら光子郎は、恋愛に関して人にアドバイスするのはあまり良しとしないようで。

「なんでだ?光子郎。別に良いじゃん。思いこんだ方が、余計な力も抜けて、  うまくいくと思うけどな?」

疑問に思った太一は、これまた正論を唱えた。

「いや、その、恋愛というものは、元々あまり頭を使うものではないと思うんですよね。  その場になってしまえば、真っ白になってしまうと言うか…」

「そうそう。言いたいことがうまく言えないまま行動に走っちゃったりするのよねー。  たとえ光子郎君でも」

最後の一言で、場の雰囲気は急激にひっくり返った。

「み、ミミさんそれはどういう意味で・・・!?」

「だってー、この前のデートの時だってそうだったじゃない♪  もうすぐお別れっていう時に〜」

「ああ!!!やっべえ!!今日は大輔にサッカーの練習つけてやるんだった!   おい、ヤマト、帰るぞ!!」

「お、おい太一!!」

「お邪魔しましたーー!!!」

そう言うと太一は、ヤマトの腕を掴み、あわてて夏のような暑さの春から出ていった。




「ふえ〜〜。ちょっと長居しすぎたな;」

「バカ…」

またしても急に走った所為で、体が少し苦しくなる。

グランドに向かってゆっくり歩きながら(実は練習の話は本当で、危なくすっぽかす所だった)、

2人は息を整えようとしていた。

「ま、とりあえず買うべきものがわかって良かったじゃねえか」

「ああ。そうだな…ストラップ、か」

どんな物が良いのだろうか?

可愛い物が売っている店に行けばごまんとあるだろうが、

そんな店に男1人行くのは、やはり耐え難い。



「お。大輔〜!!」

「あ、太一先輩!!」

ヤマトは、なぜか太一の後を追い、大輔の元に走っていった。

「わりいな。待たせちまって」

「いえいえ。そんなことないですよ。あ、ヤマトさん、お久しぶりです」

「ああ。そうだな」

今日はいやに久しぶりを連発している気がするのは気のせいだろうか、 などとヤマトは思った。

「で?ヤマトはどうすんだ?一緒に練習すっか?」

「そうだなあ…」

選択肢は3つ。

1.たまにはサッカーをする。

2.店に買いに行く。

3.家に帰って勉強をする。

どうするか…。

「あ、そーだ大輔。お前、なんか良いストラップ知らねえか?」

「え?ストラップ…ですか?」

「おい太一。いくらなんでも大輔には聞かなくても…」

と、ヤマトは少し失礼なことを言ったが、

考えてみれば大輔には姉がいる。なにか良いものを知っているかも知れない…。

「そうですねー。あ、そういえば前に俺がゲーセンで取ったやつ、

 姉貴が気に入って奪っていきましたけど」

「何!?どんなのだ!?」

太一とヤマトは、思わず身を乗り出した。

「えっとー、白くてなんか間抜けな顔してる、ペンギンみたいなやつです」

「はあ?」

これには2人とも唖然。大輔達に期待した自分がバカだった…。

「あ、漫画のキャラなんすけど、名前は『エリザ…」

「いや、もういい」

そんなもん空にあげるか、とでも言いたげにヤマトが遮った。

「あ?そうですか?」

「ああ。いやさ、ヤマトが空にストラップあげるって言うから、何か参考にならねーかと」

「あ、そういうことだったんですか。」

大輔は、納得したと同時に、申し訳なさに襲われた。

「すみません…」

「いや、別に俺たちもちゃんと言わなかったわけだし…な?ヤマト」

「ああ」

「…でも、ヤマトさんでも迷うんですね」

なにも言わなければ、普通に丸く収まったものを、大輔はぼそっと言った。

「なんだよそれ。ヤマトは恋愛の達人か?」

笑いながら太一が言ったが、大輔は意外にも真面目顔だった。

「いえその、ヤマトさんと空さんくらい仲が良くて付き合いも長いと、

 もう相手のほしいものがわかるとか、そもそも今更何かをあげたりなんて事、

 しないような気がしてて…」

大輔は、たまに良いことを言って、周りに良い影響をもたらすことがある。

今回は、まさにそれだった。


「そうだよな…俺、何焦ってたんだか」

「だよな。お前ら、付き合い始めてすぐってわけじゃ、ねえもんな」

今まで焦ってた自分を想い出してか、つい苦笑いする。

「なあヤマト、要はお前が決めりゃいいんだよ。

 空はお前の決めたものならなんでも良いだろうし、

 物だろうが言葉だろうがなんだろうが、今のあいつには、お前がいるって事だけで、

 十分なんだろうからさ。

 お前が空のことをそう想ってるようにな」

「太一…」

太一の言ったこと、大輔の言ったこと、それぞれの言葉は、

ヤマトに何かとても強いものを想い出させた。

「ありがとな、2人とも」

ヤマトは、普段のような冷静さに戻り、2人に向かって言った。

「へ?俺、なんか役に立ちました?」

それに反応するはお約束のセリフ。

「ああ。久々に良いこと言ってたよ」

と、太一がフォローのようなものを入れる。

「太一、お前もな」

「うるせー」

太一がヤマトを軽く小突いた。

「お前やったな。そういう体力あるなら、さっさと練習始めろよな」

「おっとそうだった。よし、大輔。始めるぞ」

「あ、はい!」

「ヤマト、お前もたまにはやっていけよ」

帰ろうとするヤマトに、太一はボールを蹴った。

「あいにく俺は受験勉強だ。お前らも今年受験だろ?」

「ああ。だから今の内にめいいっぱいやっとく。な?大輔」

「はい。もうすぐ中学最後の大会がありますんで!もう頑張らないと!!」

「…そうか」

大輔はともかくとして、太一はもう大学受験だ。

確か前にデジモン関係の職種に就きたいようなことを言っていたが、

…そういえば今日光子郎に返していたフロッピーは、デジモン関連のものだった。

「頑張れよな!」

そう言うとヤマトは、目の前にパスされたボールを思いっきり蹴った。

「あー!!」

ボールは力の所為でコントロールを失い、遠くに飛んでいった。

「待てーー」

意味もなくボールに向かって叫びながら、大輔は走っていった。


「ヤマト…」

頭をかきながら、呆れた顔で太一が言う。

「はは。わりいな」

予想以上に遠くに飛んでいったボールを見ながらヤマトは言った。

「まあいいさ。たまには」

頭をかくのをやめ、いつになくしんみりと太一は言った。

「『たまには』?」

「…お前らも、たまにはサッカーやれよ。昔みたいにさ」

途端に、ヤマトの脳裏に、小学生時代の姿が浮かんだ。

「…ああ。暇があったらな」

「おう。俺はいつでも良いからな」

「このヒマ人が」

「そのうち忙しくなるさ」

ボールを蹴る音がし、太一は音がした方を向いた。

見れば、大輔がヤマトの蹴ったボールを、ドリブルしながらこっちに戻ってくる。

「じゃあなヤマト。暇があったら連絡しろよ」

「ああ。練習、頑張れよ」

「お前もな」

太一はそう言うと、ヤマトに手を振り、大輔の元に走っていった。

ヤマトはその様子を少し眺め、自宅へと帰っていった。





そして、時は当日。約束の時間まであと1時間。

刻一刻と近づく中、ヤマトはお台場まで30分という駅にいた。


「マジかよ…」


なるべく急ぎ足でホームにたどり着いたヤマトは、

とんでもないアナウンスを耳にした。


『…新橋方面へお乗りの方、誠に申し訳ありませんが、4:00頃に上野方面にて  発生しました、
大雨によるトラブルにより、只今電車20分ほど遅れております』


「…今時大雨で電車が遅れるかよ…」

とにかく、遅れるということを空に伝えようと、メールを送る。


少しして、メールが返信されてきた。

『無理して急がなくても良いのよ?私は大丈夫だから。  

 ダメそうだったら、また今度でも良いから。   空』

考えてみれば、最近はずっとこんな調子だった。

また今度、また今度。

また今日も先延ばしにしたら、本当に8/1まで会えないかもしれない。

「無理じゃねえよ…」

俺が今日、会いたいんだから。

そう想うと同時に、なにかがヤマトの頭をかすめた。


どこかで同じようなことがあった気がする。

前に空とこんな事があっただろうか?


「……ああ。タケルか」

唐突に想い出した。おとといの弟カップルのことを。

「やることはみんな、一緒なんだな…」

ただそれを、誰かの目の前でやるかどうかの差だけで。



「ウソだろ〜〜」

物思いに耽っていたヤマトは、突如聞こえてきた声のせいで、現実に引き戻された。


「…丈」

振り向いてみれば、ホームまで全速力で来たと思われ、たった今アナウンスを聞いたであろう、

丈の姿があった。

「ヤマトじゃないか。どうしたんだ?こんなところで」

「俺は学校帰りだ。丈こそ、どうしたんだ?普段はこのルート使わないだろ?」

「それがさ、大学でちょっと頼まれちゃって…次の駅まで行きたいんだけど……」

ヤマトが時計を見ると、まだ4時58分だった。

「…当分は、電車こねえぞ」

「だよな〜。どうしよう…」

「そんなに、急ぎの用なのか?」

「そりゃあまあね。…あーもう。走るか…」

丈は時計とにらめっこをしながら、落ち着かない様子で言った。

「走るって、1駅分か?結構距離あるぞ。」

「いや、目的の場所は、駅と駅の中間みたいなところにあるから、

 ここからでも行けないことはないんだ」

「…でも、大雨だぞ?」

電車がトラブルを起こすくらいの雨。並大抵なもんじゃない。

「そこが問題なんだよ。僕の傘、さっき壊れちゃって…」

「壊れた?」

「うん。ビル風のせいで、曲がっちゃってさ。途中で捨ててきた」

「…そうか…」

相変わらず運が悪い。よりによって用事を頼まれたときに、傘は壊れるし電車は遅れてるし。


「俺の傘使えよ」

そう言うとヤマトは、自分の持っている折り畳み傘を差し出した。

「ええ!?そんないいよ。そしたらヤマトが…」

「俺はもうこの先電車だし、歩く距離なんて少しだからさ」

「そうかい…?」

「ああ」

本当は、雨に濡れていくと空に心配をかけることになる。

だが、相手は始めに友情の紋章を輝かせた丈だ。放ってはおけない。

「悪いな…それじゃ、遠慮なく借りていくよ」

「返すのはいつでも良いからな」

「ありがとう…恩に着るよ」

そう言うと丈は、あわてて階段を駆け上がっていった。




時刻は5:50。約束の時間である。

ヤマトは、海の上にいた。

「……早くしろ」

電車内で、無駄に焦る。

駅到着まであと5分。

どう頑張っても5分以上は遅刻だ。

窓の外を見てみると、先ほどよりも更に勢いが増した雨。

空に待っていてくれ、と頼んだことを、

迷惑をかけたとヤマトは既に後悔していた。

が、今更今度にするとも言えない。

ヤマトはただただ気が焦るばかりだった。



5分後。予定通り到着。

しかし、駅を出るとそこは大雨。数歩出ただけでシャワーを浴びるようなものだろう。

だが、ヤマトに迷っている時間はなかった。

濡れてでも、風邪をひいてでも、待っていてくれている人の元へと行かなければならない。

ヤマトがそう決意し、走り出そうとした瞬間、

「待って下さい!!」

後ろから声がした。


「ヤマトさん…!!」

ヤマトが振り向いてみれば、そこには傘を2つ持った伊織が駆け寄ってきていた。

気が気じゃないヤマトも、この状況に一瞬驚く。

「お久しぶりです、ヤマトさん」

一方伊織はといえば、そんなことも知らずに丁寧に挨拶を言った。


「丈さんに連絡をもらいまして…傘を届けるようにと…」

そう言うと伊織は、持っていた傘の片方をヤマトに差し出した。

「丈が…」

律儀な丈のこと、伊織に頼んででも、ヤマトに雨に濡れてほしくはなかったようだ。

「ありがとう。丈にもそう伝えておいてくれ」

言うが早いか、ヤマトは傘を差し、ここ3日間のどれよりも速く走った。

少しでも早く着くために。少しでも早く会うために。

この時ヤマトの中はいつもよりも空でいっぱいになっていたが、

雨音に混じり伊織の声が聞こえた。

「丈さんが、言ってました!!いつもいつもありがとうって!!

 ヤマトさんと空さんには、世話になりっぱなしだって!!

 だから…2人には幸せになってほしいって!!

 応援してるって…言ってました!!!」

ヤマトは、わざわざ追いかけながら大声で叫ぶ伊織の声を聞き取りながら、

自分たちを想ってくれている人たちの顔を浮かべた。

…みんな、俺たちのために色々と考えてくれた。

「僕も…僕なんかが言えた立場じゃないですが、応援しています!!

 多分みんなも、ヤマトさんと空さんの幸せを、願って、応援していると思います!!

 だから…」

ヤマトは、前を見ながら、伊織に向かって親指を立てた。

伊織はちゃんと理解したらしく、もう追いかけては来なかった。




ヤマトは、自分の、自分たちの幸運に、感謝していた。

こんなにも良い仲間達に会えたことに。

喧嘩した時も、みんなは取り持ってくれたり、元気づけたり、励ましたり、

アドバイスをくれたりした。

離れていても、とても絆の強い、仲間達だと思う。

心地よく頼もしい、自分の仲間達のことを思いながら、ヤマトは全力疾走した。


ただ、1つ疑問があったのは、なぜ伊織が、丈が、空とのことを言ったのかだ。

こんなにベストタイミングで言ってきたということは、知っていたのではないだろうか?

ホームでのあんな少しのやりとりで見抜かれたのであったら、

ヤマトは本当に『顔に出すのを治す努力』を強化しなければならない。

そう考えていて、不意に、おととい太一が言ったことを想い出した。

『世の中狭いんでね』

ヤマトは「ふっ…」と軽く笑うと、この狭いお台場内に住んでることにも感謝をした。




そしてついに。『いつもの場所』に着いた。

それは、小学校から道路を挟んだ反対側に位置する、海岸の建物の中。



そこに空はいた。

屋根の下に、傘を閉じ、濡れないようになるべく奥にいるものの、

ヤマトが来たことに気づくために、じっと駅の方向を見ていた。




「…空!!」

久々の再会。

狭いお台場内、とは言っても、町中で偶然会うことは普段は滅多にない。


「ヤマト」

空は思わず傘を置きっぱなしで建物から出たが、すぐにヤマトか駆けつけ、

濡れないように自分のさしている傘の中に入れた。


「久しぶりね」

「ああ…久しぶりだな」

ここ3日間で言った、どの久しぶりよりも重たい言葉。


「…」

「…」

会ったのは久しぶりとはいえ、普段はメールのやりとりなどをしている。

とっさに言いたいことがあるようなないような、2人は少しの間沈黙した。


と、動き出したのはヤマトが先だった。

手を傘から離し、空の腰あたりへを回した。

空を抱き寄せると、ヤマトはなにやらとても懐かしい気がした。

「空…」

空はそんなヤマトにもたれかかるように、愛情の紋章を解き放した。

「会いたかったのよ…ヤマト」

予想外に空から出た言葉。

「それなのに、ヤマトの都合が悪いかな、とか思っちゃって、先延ばしにしてたの…」

「俺も同じだ」

お互いが同じ事を思い、行動を取ったための、小さなすれ違い。

だが、同じ事を思う同士、そのすれ違いなど、もう問題でなかった。

「今日ヤマトが無理してでも来てくれて、良かった」

「…それはこっちのセリフだ。休みの日でもないのに来てくれて…」

「そういえば、どうして今日なの?」

空は、ずっと疑問に思っていたことを聞いた。

会うのならば、土・日が普通である。

ならどうして火曜日なのか?

クリスマスでも誕生日でもない…。

空は、今までのことを想い出してみたが、結局わからなかったのだ。


「…去年の今日さ、俺、初めて自分の夢を人に打ち明けたんだ。

 『宇宙飛行士』なんて大それたもの、そうそう言えなかった。

 でも、去年の今日、思い切って空に言ってみたら、そしたら…」

「すごいねって、応援したのよね」

「…想い出したか?」

「うん。去年の今日だったのね」

でも、空はまだ完全に納得はしていなかった。

確かに、夢を打ち明けたこの日は、とても良い日かもしれない。

しかし、記念に会うくらいというのは…。

「俺、すっげー嬉しかったんだ。応援されて。笑わないで、くれて。

 …それからさ、ずっと、そのこと想い出しながら、勉強した。

 夢に向かって、なんて言葉使うと嘘くさいけど、

 でも、その通りだった」

「親にも、手紙を通してだけど、言えるようになった。伝えられた。

 ちゃんと、俺のこと応援するって。そういう返事が来た」

「あの日、空が応援してくれたから、今の俺がいるんじゃないかって、

 そう思ってさ」

「だから…今日、誘ってくれたの?」

言葉を句切りながら、1つ1つを大切に言うヤマトに、空は聞いた。

「ああ…。今日は、記念日だ。

 俺の、もう1つの、誕生日だ」


その言葉を聞くと空は、全てを納得、理解し、ヤマトの目を見て微笑んだ。

ヤマトはそんな空を見て、これ以上なく、愛おしさがあふれた。

2人は、ごく自然に、唇同士をつけた。



大雨の降る海岸で、1つの傘の下、2人は誓った。


─来年の記念日もまた、キミといる─




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終わったーーーーーーーーーーー!!!!!!
ぶ、無事終わりました…締め切りギリギリです。
もう滑り込みセーフどころじゃない…体中のお肌すりむいてボロボロな感じですよ…燃え尽きたーー。
初書きキャラ盛りだくさん、ってか高校生設定も初ですよ。
ってな感じでなんとオールキャラ総出演。うわお。よくやったな自分。(え)
しかし、時間かかった割りにこの駄文章…。長いだけの無駄文…。
うわーー。このような作品を1周年であげるなんてえ〜〜。
若葉様、申し訳ありません!!もらっていただけるなんて、なんたる光栄…。
もう、ボロクソ言っても構わないですし、速攻ゴミ箱に捨ててもいいです。
ああもうなんだろう…とにかく、若葉様、「Philia−Mania」
1周年、おめでとうございます!!これからもよろしくおねがいいたします!!!

作成・掲載日:2006/06/06