綺麗に広がる夜空。その下には、風になびく草原。
 どれほどの時間が過ぎようが、ただ風は吹き、草が舞う。
 しかし、止まぬはずの風は、ふと何かに気を取られたかのように、止まった。
 すると、音もなく地面が割れ、その中からジェリー状の黒く幼い手が這い出してきた。
 手が触れたところから急速に地面は崩壊し、割れ目の中に落ちていく。
 黒き影のような手は、広がる割れ目の闇を得て、徐々に人の姿になっていった。
 やがて、夜空は地面との境目を失った――。


  『奇妙天秤』


「あ、タケリュ、起きた?」
 この日、タケルが目を覚ますと、起き上がる前にパタモンが飛んできた。
「パタモン、おはよう。早いね」
 声は元気だが体はまだ重く、珍しく自分より早く起きていたパタモンに、とりあえず挨拶をする。
「タケリュが遅いんだよ〜」
 パタモンはそう言いながら、置いてあった時計を羽で指した。
 タケルが見ると、時計の短針は、既に9の文字を過ぎている。
「え…9…ってえええ!?」
 どれだけ驚いても、何度時計を見ても、時間は変わることなく、「もう授業始まっちゃってるね」とパタモンが言ったとおりだった。
「なんで起こしてくれなかったのさ」
 パタモンの言い方が気に障ったのか、半分八つ当たりではあるが、タケルは枕にがくっとだれながら文句を言った。
「だって、ぼく起きたのついさっきだし、それにタケリュ、ぼくが起こしても起きないじゃん」
「それは休日の話でしょ?それに、いつものことだけど、パタモン寝過ぎ」
 僕より何時間も早く寝たくせに、と呟きながら、タケルは重い体を動かそうとした。
 いくら遅刻決定(それも1時間目も終わろうとしている時間)とはいえ、基本真面目なタケルは今からでも急いで行こうと思っていた。
 しかし、体は予想以上に重く、頑固だった。力が入らない所為なのか、なかなか動こうとしない。
「行かないの?」
「行きたいのは山々なんだけど…」
 パタモンにからかい半分にせかされながら、必死に動かそうと試みるものの、むしろ逆に動かし方すらわからなくなるほど、体は拒絶していった。


「タケリュ、大丈夫?」
 数分後、さすがに具合が悪いと思ったのか、パタモンがタケルの額に手を当てながら訊いた。
「うん…」
 答えてはみるものの、既に声を出すのも難しくなってきていた。
「(どうしちゃったのかなあ…)」
 目の前で心配そうな顔をするパタモンの表情を見て、ハッキリしない自分の症状に、タケルは苛立った。
「あ、電話だ」
 部屋の外から、聞き慣れた着信音が耳に届き、
「ぼくが出るから、タケリュは休んでて」
 とタケルに言うと、パタモンはなるべく急ぎながら飛んでいった。
 が、当のタケルはそれについて反応が出来ず、パタモンが部屋を出たのかどうかもわからなかった。
 ただ、パタモンが退いた瞬間に見えた人物に、目を奪われていた。
 幼きタケルが、そこにはいた。
 [具合、どう?]
 内容とは裏腹に、心配などしていないような笑顔で近づいてくる。
 それも、歩いていると言うよりは、まるで飛んでいるようで、体が動いている気配がない。
 [あ、そっか。そのままじゃ喋れなかったね]
 天然かわざとか、そう言うと軽く謝ると同時に、笑顔が消え、冷たい目線で現在のタケルを見た。
 目が合ったとタケルが思うが早いか、部屋の空間は幼き『たける』の下から順に細かく分かれ、1度煌めいた後、まるで紙吹雪のように暗闇へと消えていった。
 そして、数秒の間に部屋は暗闇へと変わっていた。
 [ここなら動けるし話せるはずだよ]
 幼き『たける』がそう言い、確かにタケルの体が本調子に戻り、思考回路も回復していた。
「…君は、誰?」
 [たぶん、君の影]
「影?」
 [うーん。むしろ闇かなあ?よくわかんない]
 何もなく静かな空間で、ふざけた調子で答えた『たける』に、タケルはからかわれているのかと思ったが、そもそもこれが現実かどうかも怪しい。
「自分のこともよくわかんないで、連れてきたわけ?」
 とりあえず、何か言わないことには、始まらない。タケルは挑発めいた調子で言ってみた。
 [わかるよ!…ただ、自分1人だとよくわかんないだけ。君だって自分のことわかんないでしょ?]
『たける』は挑発に乗ったのか、少しだけ早口になった。
「……じゃあ、ここがどこかはわかるの?」
 しかし、タケルは否定出来ない質問をされ、攻めるのをやめてはぐらかした。
 [ここは僕の居場所。生まれたときからここしか知らないよ]
 怒るように言う『たける』に、タケルは多少不憫だと思い、
「生まれてからずっと、ここにいるの?」と、今度は少し柔らかめに接した。
 [そうだよ。まあ、まだ生まれて少ししか経ってないけどね]
 見た目だけでなく、中身も妙に幼い気がしていたが、事実だったか、とタケルは納得した。
 [でも――『だから』って言うのかな?――この闇を増やしたい]
 タケルが問い返す前に、『たける』の瞳がまた、冷たいものへと変化した。
 一瞬のうちに、場所が夕焼けに染まった校庭へと変わった。
 タケルが動揺している間も、動かす気はないのに、自身の体は門の方へと向いていく。
 門の外に、部活前に教室で別れたヒカリが立っているのが見え、少し足が速くなる。
 が、それは昨日の出来事。その後どうなるかを知っている現在のタケルにとっては、望まない行動であった。
 中学校の方向から、京がヒカリのもとに走ってきた。きっと待ち合わせをしていたのだろう。
 かといって素通りするわけにもいかないので、タケルは足の速度を遅くすることはなかった。
 そして、1分も経たないうちに、声が届く範囲に入った。
「ほんと、いつもいつもごめんねぇー」
「いいんですよ。私も京さんにはたくさん迷惑かけちゃってるし」
「そーんなことないってー。今まで私頼られることあんまなかったし、どーんと来い!って感じよ〜」
 賑やかな声が風に乗って聞こえ、笑いあう2人の表情まで見えるところまで、タケルは近づいていた。
「じゃあ、これからもよろしくお願いします♪」
「何かあったら、この京お姉様になーんでも話しちゃってね!」
「言われなくても、京さんはなんでも話せる『唯一』のお友達ですよ」
 急に、何かに弾かれたかのように、タケルは足を止めた。
 聞こえなかったふりは、出来なかった。
 ふざけあいから出た言葉だ、と逃げることも、出来なかった。
 とはいえ、そのまま話しかける選択肢は既に消滅し、結局タケルに出来ることはただ1つ、気付かれないようにその場を過ぎ去ることだけだった。
 ゆっくりと歩き通り過ぎ、少しずつ、駆け足になっていき、「気付かれたかも知れない」という一種の恐怖を胸に、振り向くこともせずに走り去った。
 今までの思い出が巡る中、何を話しても問題ないと思っていた、何も言わなくてもお互いにそういうものだろうと暗黙の了解があったと、
 そう、タケルは思っていた。
 [でも、『唯一京さんだけ』ってことは、向こうはそう思ってないって事だよね]

『たける』の声が聞こえたと思ったら、また元の空間に戻っていた。
「…君がやったの?」
 [うん。ショック受けてたみたいだったから、闇を増やすにはちょうどいいかなって思って]
「性格悪いね」
 [で、どう?昨日の場面を再現した感想は?]
 タケルの言葉を意図的に無視し、しかもにっこり笑顔で意地悪な質問をしてくる。
「べつに。はっきりと覚えてることだから、大して変わらないよ」
 [そっか。元々ショック大きかったもんね]
 いちいち癇に障る気がするが、タケルの気持ちを落ち込ませる―負の感情を増やす―ことが狙いな節もあるため、タケルは挑発に乗ることも動揺することもしないようにしていた。
「それで、結局何がしたいわけ?こんな回りくどいことしなくても、明日にはヒカリちゃんと顔あわせるし、余計に落ち込むかも知れないんだから」
 [あ、落ち込む予定あったんだ]
 予定と言うよりかは、予想だった。
 おそらくは顔をあわせても、タケルは笑顔の仮面を付けるだろう。
 だが、いつも通りの態度をとっていても虚しいことに変わりはなく、いつかはヒカリに気付かれ、理由も言えずぎこちなくなるのが明白だった。
 [でも、それなら対策はあったの?]
「それは…」
 図星を突かれて、言葉が詰まった。
 否定すれば相手の思うつぼ。しかし今のところ、希望は見出せないままだった。
 [なんだ。無いんだ]
 つまんないの、という表情と、ほっとしたという表情が妙に入り交じった顔で、『たける』は言った。
 [要するに、どうせ落ち込むんだから何もするなってことなんでしょ?]
 どうにか落ち着かせようとはしているものの、実際問題タケル自身、何を言いたいのかがいまいちわかってはいなかった。
 その様子を見た『たける』は、ここぞとばかりに喋り出した。
 [でも、仕方ないよね。ずっと信じて疑わなかったことが、急にひっくり返っちゃったんだから]
 頭の整理が出来てない以上、何を言っても切り返される。
 タケルはそう考え、なるべく音を遮断し自分の答えを出そうとしていたが、すっかり形勢は『たける』側優勢になっていた。
 [こうなるとさあ、今まで一緒にいた時間も、話した言葉も、なんだか嘘に見えてきちゃうよね]
 何も聞かないように顔を俯かせるタケル。
 しかし聞こえてきてしまう言葉に、必死に「そんなこと無い」と抵抗していた。
 [もう今までみたいに仲の良い関係には戻れないかも知れない]
 一瞬、タケルの意思か『たける』の意図か、家族の姿がタケルの脳裏に浮かんだ。
 [それに、もし誤解だったとしても、1度でも疑っちゃったことに傷つくかも知れない]
 [君って脆いから]
 抵抗の言葉もなく、聞いてないふりもしていない。
 今のタケルの心は、疑心暗鬼と自己嫌悪が支配している。
『たける』はそう思い、[…これで、少し闇が増えたかな?]と笑顔で言った。
 しかし、闇あるところに光あり。
 顔を上げたタケルの表情は、予想外に微笑んでいた。
 それも、つくられた笑顔でもなければ、虚勢でも挑発ない。
 素の憂いの表情に笑顔を足したような、なんとも言えず寂しげな雰囲気を醸し出していた。
「確かに、僕は脆いかも知れないけど」
 驚く『たける』に、静かな口調で語りかける。
「たとえ結果的に傷つくとしても、それでも、やっぱりヒカリちゃんのことは、信じるよ」
 まるで、何かの限界点の境にいるような、そんな危なげな状態に見えるが、その言葉だけは、妙にしっかりとしていた。

 [……じゃあ、試してみて]

「タケルくん?」
「ん…」
 タケルが目を開けると、ぼんやりとヒカリの姿が見えてきた。
「…ヒカリ…ちゃん…?」
「えっと…おはよう」
 少しの間タケルはぼーっとしていたが、やっとのことで頭が覚醒した時、一体どういった状況なのかが気になった。
「…って、え…?」
「あ、今日のプリント届けに来たの」
 そう言いながら、ヒカリは机の上を指さした。プリントが数枚、丁寧に置かれている。
「ありがとう」
 わざわざ届けに来てくれたり、普段と何ら変わりはなく、少なくとも昨日タケルが逃げるように通り過ぎて行ったことは、気付いてないように思えた。
 しかし、それでもタケルはなんとなくヒカリを直視できずに、とりあえず時計を見るふりをしてごまかした。
「って、いつの間に…」
 実際に時計を見ると、ヒカリが来ているのだから当たり前だが、既に5時近かった。
「風邪引いた時って、寝てからとあっという間に時間過ぎちゃうよね」
 冗談混じりのヒカリの言葉に、先程の幼き『たける』は結局、風邪による悪夢にすぎなかったのだろうとタケルは思った。
「そうだね」
 大丈夫、いつも通り笑える。
 そんなことを心の片隅で思いつつ、2人は笑いあっていた。
 だがお互い、本当のところは相手がいつもと違うことが、わかっていた。
 ただ、それを言うことは、それに触れることだけは、2人とも出来なかった。
 今はとりあえず、笑っていられるから。それを否定してまで、何かが変わってしまいそうな所には、踏み込めないから…。

「それじゃあ、私帰るね」
 数分後、会話も一段落し、ヒカリが腰を上げた。
「うん。わざわざありがとう」
 タケルは起きて玄関まで見送りに出ようかと思ったが、急にまた体は重くなり、睡魔らしきものが襲ってきた。
「ゆっくり休んでね」
 その様子を察知したのか、ヒカリは軽く手を振り、早々と部屋を出ていってしまった。
 急ぐヒカリを見て若干寂しい気がしたが、同時にタケルは少しほっとしていた。
 そんな自分に少し自己嫌悪になるが、今はとにかく、風邪を治すことだけを考えようと、寝ることにした。
 しかし、枕に頭を乗せた瞬間、そのまま落ちるような感覚がし、思わず目を瞑った。

 目覚めてみるとそこはまた、闇の空間だった。
 [『信じてる』にしては、随分ぎこちない態度だったね]
 まだ頭が混乱しているというのに、容赦なく幼き『たける』は感想を述べた。
「…これでも、精一杯だったんだけどな」
 この空間を夢だろうと認識した所為か、それともただ単に開き直ったのか、先程とは違いタケルは本音を呟いた。
 [もしかして、嘘苦手?]
「たぶん、本当は嘘つきたくないんだと思う。ちゃんと確かめたいし、大丈夫だって思ってる。それなのに…」
 あとに続く言葉を、タケルは言うことが出来なかった。
 言ってしまうことで、それは現実化するかも知れない。向き合わなければと思っていても、なかなかそれが出来ない。
「僕って、こんなに臆病者だったんだね」
 口に出せない言葉の代わりか、ため息をつきながら半ば呆れたように、タケルは言った。
 [と言うよりさあ…]
 [ヒカリちゃんのこと、支えにしすぎてたんじゃない?]
 タケルは思い浮かべた。
 確かに、転校してきたときはもちろん頼りにしていたが、やはり最も強い想いは、
「僕でも誰かを守れるって…守りたいって、初めて想った人だからね」
 初めての冒険からずっと、変わらない、「他の人より少し特別な、守りたい人」
「いろんな意味で、支えになってると思う」
 [でも、ヒカリちゃんの方は、そうじゃなかった]
「そうなのかもね」
 [少なくとも、あんなこと言えちゃうくらい]
「そうなのかもね」
 意外にもタケルはあっさりと肯定した。
 まあ、その言葉のどこまでが本音なのかは本人のみぞ知るところだが…。
 [たとえ本音じゃないとしても、よく言えるね]
「だって、僕がどう思われようとも、僕がヒカリちゃんを想う気持ちは変わらないから」
 [でも、君の闇、増えてるよ]
「え…?」
 実に自然な表情で言った『たける』の言葉に、目だけはどこか焦点が定まっていないものの、それ以外はしっかりとしていたタケルの表情が一変した。
 [ヒカリちゃんのこと想う気持ちが希望になってるけど、その分だけ、周りの闇が君に影、落としてる]
 言われてタケルが足元を見ると、既に影に染まり始めていた。
「うわぁっ!?」
 思わず叫び声をあげるものの、恐怖心はむしろ影の速度を速めた。
 [やっぱり、心のどこかでヒカリちゃんのこと疑ってるんだよ]
「そんなこと…」
「タケルくん!!!」
 突如、タケルの足下に染まっていた影が声と共に光出し、眩しさにタケルも『たける』も目を瞑った。
「うわっ」
「きゃっ」
 光も消え、声を聞き目を開けた『たける』が見たのは、影から現れたヒカリが、そのままタケルに倒れ込んだところだった。
「タケルくん!無事でよかった…」
 地面はなく宙に浮く空間のおかげで、2人とも怪我することなく起き上がった。
「ヒカリちゃん…」
 あまりの出来事に呆気にとられていたタケルだが、起きあがる際に、自分の足下に染まっていた影が全て消えていることに気が付いた。
「え…?えっとこれ、やっぱり夢じゃないの?」
 しかし、何が起こっているのかが呑み込めず、根本的なような、的はずれなような問いが口に出た。
「夢よ。ただの夢じゃないけど」
「どういうこと?」
 タケルは、ヒカリが答えられたことは特に気にせず、疑問に思ったことを聞いた。
「ここはね、たぶんタケルくんの夢の中。闇が支配している、悪夢の世界」
「悪夢……でも、ただの夢じゃないんでしょ?」
「うん。よくわからないけど、この夢の――闇の所為で、タケルくんが危ない目に遭ってるの」
 タケルは、もしヒカリが来ずに自分が影に染まっていたらどうなっていたかを一瞬考えたが、3秒もしないうちに恐ろしい結論に辿り着きそうで、すぐにヒカリに話の続きを促した。
「私がここに来る前に見た、現実世界のタケルくん、眠ってるって感じじゃなかった。それにしては動きが無くて、息もしてないみたいで、怖かった」
「ヒカリちゃん…」
 俯いて、少し声が震えていて、ヒカリの様子は今にも泣きそうだった。
 [でも、よくここに来たね]
 そんなヒカリの後ろから、『たける』が声をかけた。
「タケルくんの枕から、何か強い力を感じたの。冷たくて、重い何か。だからきっと、その所為でタケルくんが危ないんじゃないかって思って」
『たける』の方に向き直り、ヒカリは根拠はないが確信を持って言った。
 [それで、危険を省みず自らも飛び込んだんだ]
「だって…、こうなったのは、たぶん私の所為だから」
 タケルの方からはヒカリの後ろ姿しか見えないが、その声の調子から後悔と自責の表情を感じ取った。
「タケルくん、昨日のこと…」そう言いながらヒカリはタケルの方に振り返り、
「本当にごめんなさい」
 と、頭を深く下げて謝った。
「…昨日…そっか…気付かれちゃってたんだ」
 唐突の謝罪に、まずタケルはそう思った。ヒカリと仲直りするには、まだ相手の真意が見えていない…。
「タケルくんが走っていくのを、京さんが見つけたの。すぐに、聞かれちゃったかなって思って」
「聞かれたく、なかったんだ」
「当たり前じゃない」
 タケルの呟きに、すぐにヒカリは返した。
 しかし、そのあとに言われたタケルの言葉には、即答できなかった。
「じゃあ、なんであんなこと言ったの?」
 そんなに幼い頃から一緒にいたわけじゃない。
 出会ってからも、ずっと一緒にいられたわけじゃない。
 話した回数だって、1番というわけじゃない。
 それでも、その1回1回がとても深くて楽しくて。
 ヒカリも、そう思っていた。
 タケルと同じく、お互い何も言わなくても、『親友』だと思っていた。
 では、なぜ、言ってしまったのか。
「私も、びっくりしたの。どうしてなのかなって、ずっと考えた。だって、タケルくんは、京さんよりもずっと早く、会った時から、なんとなく何でも話せるって、思ってたから」
 ヒカリの言葉を聞き、普通は疑問がさらに深まるところだが、タケルはヒカリも自分同様に悩んでいたのかも、と思った。

「それで、考えてみて、少しわかったことがあるの。私にとってタケルくんは、『友達』でも『親友』でもなくて、『仲間』ってだけでもなくて、他の誰とも違うの。
 タケルくんへの想いと1番近かったのはね、お兄ちゃんと、テイルモンだった」
 このことは、ヒカリもタケルも、無意識下ではわかっていた。しかし、実際に言葉にするのは初めてで、口に出したことで確固たるものに変わっていく気がした。
「でも、お兄ちゃんには知られたくないことも言えるし、テイルモンにはわからないことも、相談できる。タケルくんは、きっとわかってくれるから。悩んでくれるし、叱ってくれるし、すっごく、私に似てる。だから、タケルくんは私にとって、双子のお兄ちゃんみたいなものなのかなって」
 そう思ったの、とヒカリは話を終えた。
 少しの間、静かな時間が流れた。
 タケルは黙ったまま、何かを考えているようだった。
 ヒカリはと言えば、自分のことを許してくれるのかどうか、気が気じゃなかった。
 一方で『たける』は、冷たいオーラを出しながら、2人を睨み付けていた。
 だが、手出しすることが出来ないのか、苛立ちながら会話の決着を待っていた。
「光栄だなあ」
 タケルが、笑いながら言った。

 その第一声は皮肉も攻撃性もなく、明るく冗談めいていた。
「太一さんと同じ、もしくはそれ以上かあ。まあ、まだまだ太一さんの方が上だろうけど、近いところにいるなんて、嬉しいよ」
 タケルの、目の焦点もしっかり定まった笑顔を真っ直ぐ見て、ヒカリも安心し、笑顔になっていった。
「僕には妹がいないからわかんないけど、もしかしてヒカリちゃんへの想いは、似たようなものなのかもね」
 守りたかったり、気になったりと、考えてみればそうなのかもしれないなあなどと、タケルは言った。
 もちろん、2人は兄妹ではないし、実際はそれとは違う想いも混じっているが、2人は敢えてそこには触れなかった。
 何も言わずとも、以心伝心で相手はわかっている。そう、2人ともが思っていた。
「…でも、本当にごめんね。いくら私がタケルくんのこと『友達』以上に思ってたからって、傷つけるようなこと言っちゃって…」
 ヒカリの笑顔が少し曇り、言ってしまった本人も、傷ついていたことが伺えた。
「もういいよ。僕だって、ヒカリちゃんのこと『友達』って言葉で片づけられないし。同じ立場だったらきっと、ヒカリちゃんと同じこと、言ってたよ」
「タケルくん…」
 心底ほっとした、と言う表情で、ヒカリは「ありがとう」と言った。

「これからも、よろしくね」
 タケルは手を差し出し、ヒカリはそれを取って、仲直りの握手を交わした。
 すると、繋がった手の周りが、光り出した。
 そして、うっすらだが、その光の中に、タケルの部屋が見えた。
 [闇が消え、悪夢から覚める、希望の光]
『たける』が、やっと声を出した。
 2人が振り向くと、『たける』の姿は所々消えかかっていた。
 [ヒカリが話し出してから、希望の力が強くなったよ。さすが、ヒカリと気まずくなっただけで闇が増えるだけのことはあるね。仲直りすれば、それでもう希望が増えるんだから]
 吐き捨てるように、『たける』は言った。
 [おかげでこっちは近づけなくてさあ。まったく、2人だけの世界なんだもん。希望の力に触れたらそれだけでこっちの身は危ういのに、ヒカリがいるんだから下手すりゃ相乗効果になってどうなるかわかったもんじゃないし』
 1人愚痴をこぼすように喋っているが、その間にも『たける』の体は、徐々に拡大している光により、空間と共に照らされ消えていく。
「待って!結局君は一体、何なの!?」
 消えゆく『たける』に、最期に聞いておきたい、とタケルは問いかけた。
 [最初に言わなかったっけ?]
 希望の光は、既に『たける』の側にまで広がり、『たける』の体は急速に消えていった。
 [『たぶん、君の影』って]
 それ以上はわかんないよ、といった顔をし、『たける』は光に消えていった。
 一瞬だけ、笑顔になって。
 そして、2人はその様子に何かを言いたく顔を見合わせたが、黒き闇の空間は完全に白き光の空間となり、何かを言う前に2人は落下の感覚に襲われた。
 そして、決して手を離すことのないまま、2人は目を瞑り、意識が遠のいていった。

 ゴツッ。
「「いったあ〜」」
 額に何かが当たった衝撃で、2人は目を覚ました。
 タケルが目を開けると、目の前に自分と同じように額を抑えて痛がるヒカリの姿があった。
 どうやら、2人がいるのはタケルのベッド。周りを見れば、いつも通りのタケルの部屋だった。
「戻って、来たんだ…」
「無事に、目が覚めたんだね」
 2人は起き上がり、互いに顔を見合わせた。
 そして、ため息と同時にまた寝転んだ。
「なんか、疲れたー」
 さんざん眠っていたはずなのに、いや、その所為なのか、タケルの体はぎこちなかった。
「お疲れさま」
 苦笑いしながら、ヒカリは答えた。どうやら、ヒカリも少し体が疲れているようだ。
「なんか、寝坊しすぎた時みたいだなあ。体が重い…」
「風邪ひいたわけじゃ、なかったんだもんね」
「そういえば今日は僕、風邪で休んだってことになってるんだっけ?」
 喉元過ぎれば熱さを忘れる。無事に帰還したことで、平和的なことを思い出したタケルは、ヒカリに聞いてみた。
「うん。1時間目が終わった時に、先生が心配して電話してみたの。そしたらパタモンが出て、『タケリュは風邪みたいだから今日はお休みします』って」
「へぇー。そうだったんだ。あとでお礼のアイスでも買ってきてあげないと」
「ふふっ。そうね。パタモン喜ぶだろうなあ。私が帰るときパタモンに声をかけようと思ったら、看病疲れかリビングで寝ちゃってたから」
「パタモン、いつも寝てるけどねって、そっか。ヒカリちゃん帰るとこだったんだよね。部屋出てったのは覚えてるし…。あのあとまた来てくれたの?」
 悪夢の空間にいたとき、確かにヒカリは寝ているタケルの様子を見て、危険な状態だと思ったと言っていたが、その為にはまた部屋に入ったということになる。
「パタモン寝ちゃってたから、何も言わないで帰ることにしてね、それでまたタケルくんの部屋の前通ったら、中から何か悪寒が…何か冷たいものがあるような気がしたの」
「それで、気になって様子見に来てくれたんだ」
「うん。枕が怪しいってわかってから、きっと何かが起こってるって思って、私もこの枕で寝てみることにしたの」
 でも、冷静に考えると誰かに連絡したり、救急車呼ぶ方が正しかったよね、と、ヒカリは謝る表情でそう言った。
「いや、結果的にそうしてくれて助かったんだし、むしろちょうどいいタイミングだったんじゃないかな」
「ヒカリちゃん、ありがとう」
 笑顔でそう言うタケルに、ヒカリはにっこりと微笑み返した。
 それは「守られてばかりじゃない」というような、喜びの表情だった。


  *         *         *


「テイルモン、私もう寝るね」
 この日の夜、ヒカリは機嫌良さそうにベッドに潜った。
「私も寝るわ。電気、消していいわね」
 ヒカリが頷くのを見ると、テイルモンも部屋の明かりを消しベッドに潜った。
「ふう〜。…今日はちょっと寝付けないかも」
 さすがに夕方寝てしまった所為か、普段より眠気が薄い。
「どうして?タケルと仲直りしたんでしょ?」
「…え?」

 テイルモンの質問に、何でそのことを知っているか、そしてなぜ今その言葉が出てきたのかという、2つの意味で問い返した。
「昨日のヒカリ、なかなか眠れないみたいだったから、誰かと喧嘩したんじゃないかって、思って。それで今日、帰りにタケルの家に寄ったでしょ?それから機嫌よくなったから。もしかして…違った?」
「ううん、あってるよ」
 厳密には「喧嘩」と言うより「気まずくなった」のだが、過ぎてしまえばどちらも同じであった。
「そう。じゃあどうして今日も寝付けないの?」
「それが、タケルくんの家でちょっと寝ちゃって」
 心配そうなテイルモンを見て、苦笑いしながらヒカリは言った。
「……それが原因?」
 なんとも間抜けな理由に、テイルモンは唖然とした。
「うん…ごめんね、心配させちゃって」
「そんなことない。ヒカリが元気になってよかった」
 テイルモンは、今度は安堵の笑みを浮かべた。
 ヒカリもつられて笑顔になったが、正直昨日のことはよく覚えてなく、少し申し訳なかった。
 そして、テイルモンが「おやすみ」と言って寝付いてからしばらく経ち、漸くヒカリも夢の中に入っていった。


 気付いたとき、ヒカリは草原に立っていた。
 晴れ渡る空の下、どこまでも続いている。
 風が吹き、草はそよぎ雲は流れる。
 ヒカリの他には誰もいない。まるで、風の音だけがこの世界にいるようだった。
 ヒカリは、ただ何となく歩き出した。
 風に草を踏む音が乗り、静かな草原に広がる。
 しかし、その音はすぐに止まった。
 ヒカリが足を止めたからだった。
 見渡す限り誰もいなかったはずの草原に突如として現れた、
 幼き自分を見て。
 ヒカリは驚きの表情をしたが、すぐに真剣な顔になり、言葉をかけた。
「あなた…タケルくんの夢にいた…『たける』くんね」
 問いと言うには相応しくないほど、確信を持った言葉。
 しかし、幼き『ひかり』は表情を崩さず、そして何も言わずにヒカリに近づいた。
「どうして、ここにいるの?」
 警戒をし構えるヒカリに対して、何の変化も見せない、『ひかり』。
 少しずつ2人の間が縮まり、ヒカリを緊張感が襲う。
 やがて、『ひかり』が足を止めた。
 ヒカリとの距離はあと1,2歩。しかし、俯きがちな為表情が見えない。
 その顔を上げて、何をするのか。
 ヒカリがそう思った直後、『ひかり』は顔を上げた。
 表情は意外にも、とても子供らしい満面の笑みだった。
 [わかってるくせに]
 その笑顔には似合わず、とても深く嫌な響きが草原に広がる。
 [全てが丸く収まったって顔してるけど、全部あなたの所為だよね]
 いきなりの言葉だが、思い当たるところがあったヒカリはどう返そうかと一瞬迷ってしまい、その隙に『ひかり』は畳みかけた。
 [でも、おかげで私、強くなれたの。そしたら色々なことがわかったわ。私は彼の影じゃなくて、彼の影から生まれた意志だってこととか。そして、向こうにいる間は彼の影だから、彼が最も悪夢に見ていた、彼の幼少時代になっていた]
 [でも、ここでこの姿でいる必要は、無い。だってそうでしょ?あなたは悪夢を彼ほど見ないから。私みたいな存在が、生まれることもなかったから]
『ひかり』の顔からは笑みが消え、冷めた表情になりながらも、機械的に続ける。
 [じゃあ、何で私はここにいるの?ここには影が生まれることすらないのに。そもそも私はあの時、希望の光に当てられて、居場所である彼の闇――黒い空間と消えたはずなのに。それでも、私は消えなかった。どうしてかわかるよね?答えは簡単だもの。希望の力だけで充分だったのに、その余分な光の力によって、逆に影は濃くなったから。
 つまり、私はより強い影になって、あなたに付いていったの]
 ただひたすらに説明を続ける『ひかり』に、「変だな」と頭の片隅で思うものの、次に出てくるであろう言葉を想像していまい、ヒカリの体は固まっていた。
 [ここまで言えば、認めるよね。あなたの所為だって。自分の所為だって。余分な光も、そもそも彼の闇を増やしてしまったのも、そして私がここにいるのも、元を正せば全てあなたの一言の所為だもの]
 ズキッとヒカリの体に一瞬衝撃が迸った。
 わかっていたことだけども、許してもらっていたとしていても、やはり、ヒカリ自身のショックは、拭いきれなかった。
 [中でも、私が最も許せないのはね]
 動揺するヒカリに、『ひかり』は追い打ちをかけた。
 [私が生まれてしまったことよ]
『ひかり』は、静かに言った。同時に、青空が剥がれ始めた。
 ヒカリの頭は、半分では自分の非を認め、既に反省し前向きになっていたが、もう半分では、「自分の所為」という言葉が渦巻いていた。
 [元々ね、私は生まれるはずがないの。光と影のバランスはいつも同じだから。それなのに、彼のバランスは崩れ、影だけが膨らみ、結果私が生まれてしまった]
 [原因は、あなた。それは避けられない事実]
 同じ事を何度も突きつけられ、一方では反論の感情が、一方では反論の権利などないと自己嫌悪する気持ちが、ヒカリの中で混ざり合っていた。
 [私はね、生まれて、何をすればいいのか、正直よくわからないの。でも、生まれたからには、この居場所を…闇を守らないといけない。消えたくないから、増やさなければ、創らなくてはならない]
 本当はこんなコトしたくないんだよ、とでも言うように、『ひかり』は囁く。
 [きっとね、このままいけば――このままもっともっと、闇を増やして影を増やせば、この意志が、もっと成長してくれる。せっかくもらえた命だから、もっと成長したい。
 だって、このまま上手くいけばきっと、私もあなたみたいな…所謂人間になれるかも知れないから]
 にっこりと笑いながら、『ひかり』は少しずつ黒き霧状になり、ヒカリに触れ始めた。
 ヒカリは、「そんなこと…させない」と、弱々しく呟いてはいるが、抵抗する様子も、怖がる様子もまるでなく、ただ瞳が泳いでいる以外は、自ら影に進み出るようだった。
 青空は剥がれ、星のない夜空と言えばまだ聞こえが良いが、光のない闇空間が姿を現していく。
 風は止まり、音も止み、静かに暗く少しずつ、影はヒカリを包み込もうとした。
 ヒカリは、思考回路が鈍くなっていった。
 おそらく、あと少しで包まれる。わかっているのに、どうすればいいのかがわからない。
 だが苛立ちもなく、何も望まない状態だった。
 あと少しで、影が全てを包むはず。
 俯いているヒカリの視界に、影が入り込もうとしていた。
 しかし、影は来なかった。
 少しずつとはいえ確実に進んでいた影は、ヒカリを包むのをやめたのか、動きを止めた。
 不思議に思ったヒカリは、ゆっくりと顔を上げた。
 すると、目の前に映し出されたのは、全身で影を押さえている、
 タケルの姿であった。
 止まっていた影は、タケルのおかげか少し後退もしている。
 が、ヒカリの頭は、まだ停止状態で、状況の理解が不能だった。
 困り果てていると、タケルが振り返った。
 体にはそのような余裕はなさそうなのに、その顔はとても笑顔だった。
 そして、ヒカリと目があった。
 漸く、ヒカリの思考回路が再生され、泳がせていた瞳にも、光りが戻った。
 だが、状況の理解は相変わらずし難い。
 ヒカリは「どうして…?」という表情をしたが、タケルは返事をするほどの余裕はないのか、言葉は発しなかった。
 ただ、ヒカリには充分、表情と目で伝わった。
「当然だ」
 守りに来るのは、助けに来るのは、当然だ。タケルの顔は、そう言っていた。
 決して解決にはならない答えだが、ヒカリはそれだけで、妙に納得してしまった。

 どこにいても、何があっても、きっと絶対助けに来てくれる。
 そんな信頼故の、感覚。
 ヒカリは深呼吸をし、真剣な表情になり、一歩踏み出した。
 影は、未だ執拗にヒカリに向かっていく。
 そして、微かだがタケルの体を通り抜け始めていた。
 ヒカリは、タケルの左手に自分の右手を重ねると、あたたかく微笑んだ。
 そしてまた、繋いだ手から希望の光が溢れ出した。
「ありがとう」
 ヒカリは口を動かしていなかったが、タケルはヒカリがそう言ったように聞こえた。
 影は希望の光に当てられ、またも消えそうになってゆく。
 [なんで…こんなコトするの…]
 消えかかっている所為か、見た目は『ひかり』の姿になりつつも、声は『ひかり』と『たける』が交互に混ざりながら、影は話す。
 [必要がないから…邪魔だから消すの…?]
 不安定になればなるほど、声だけでなく姿までが頻繁に立ち替わり、映像の乱れのようだった。
 [私は…僕は…生まれたくなかった…]
 影本人は意志が消えゆくためか混乱し、『ひかり』になり『たける』になりと、ただひたすら悲痛を訴えていた。
「……ごめんね」
 ヒカリは、影に対して頭を下げた。
「本当に、私の所為ですごく辛い目に遭わせちゃって… ごめんなさい」
 でも、自分の身を守るために仕方ない。影に染まるわけにはいかないから。ヒカリは、涙を隠すように俯き、タケルと繋いでいる手に、力を込めた。
 しかし、タケルはその手を、ほどいた。
 ヒカリは、思わず顔を上げ、タケルを見た。
 希望の光は瞬時に輝きを止め、影は『たける』の姿に固定された。
「僕からも、ごめんね。元々、僕が君を生み出したんだし」
 タケルも、影に頭を下げ謝った。
 [今更謝ってもらっても…困るよ…]
 消えそうな『たける』の目から、涙がぽろぽろと零れ始めた。
「大丈夫。君を消すことはしないから」
 そんな『たける』の涙を拭いながら、タケルは優しく言った。
 [え…?]
「君は、僕の影なんだよね。だったら、僕には君が必要だよ」
 ヒカリはその様子を見ながら、ハッと気付いた。
『ひかり』は言っていた。希望の光――光と希望の2つの力があると、光の力が余分で、影もまた色濃く残ってしまうと。
 ヒカリの例の一言により、タケルの影が強くなり、影に意志が生まれ、タケルが希望を取り戻せばそれでバランスは持ち直し、済んだのだと。
「僕、このヒカリちゃんの夢の世界に来る前に、自分の夢の世界にいたんだけど、おかしかったんだ。昼間は暗い、黒い空間だった。あのあと、ヒカリちゃんのおかげで、白い光の空間に変わった。だけど、そこになぜか一点だけ、遠くに黒い影が見えた」
「その影を通ったら、ここに来たんだ」
 そう。あの時ヒカリは見ていなかったが、タケルがここにやってきたのは、影の中からだった。
「それでやっと、光の力があったから、僕の影がヒカリちゃんの方に追いやられちゃったんだって気付いたんだ」
 なんとなく、だけどね。と、タケルはヒカリに苦笑いした。
 ヒカリは、タケルが何をするのかわかった、という意味を込めて、その瞳を見た。
 そのヒカリの瞳が何を意味するのか『たける』はわからなかったが、2人の落ち着きぶりを見て、なぜか安心が出来た。
「バランスが大事なんだよね。君がヒカリちゃんの方にいると、ヒカリちゃんの影が多くなってしまう。逆に、僕の方には今、影が足らない。それに、君は――僕の影だから」
 タケルは、『たける』に手を差し出した。
「戻ってきて。君は、僕にとって必要だから」
『たける』は、少し驚いた表情をしたが、にっこりと笑って、手を取った。
 そして、触れた瞬間に霧状の影に変わり、タケルの中に入っていった。


「おかえり」


 草原に風が戻り、夜空には星が浮かんだ。
「…青空にはならないんだね」
 ヒカリが、見上げながら言った。
「たぶん、夜空だからバランスが良いんだと思う。青空になってたのは、僕の影が来た所為で、その分明るくしないといけなかったから、じゃないかな」
 まるで影がない心なんて、たぶん無いだろうからね。と、タケルは何か悟ったような言い方をした。
「…うん。そうだね」
 ヒカリも、煌めいている星を見ながら、暗く返事をした。
「さて、と。影も戻ったし、僕の方も同じようになってるのかな」
 一件落着した為か、普段通り明るい雰囲気で、タケルは「じゃあ、帰るね」と言った。
 しかし、ヒカリは聞いているのかいないのかその場に寝転び、夜空を見た。
 タケルはその行動を見て、どうしようかと考え、少ししてからヒカリの隣に寝転んだ。
 星の数を数えるわけでもなく、ただ風が気持ちよく、しばらく2人は寝転んでいた。
 やがて、どちらからともなく手を繋ぎ、肩と肩が付くほどに寄り添った。
 顔を見合わせ、すぐに笑顔になることなく、少しの間の、素の表情。
 ほっとそんな表情を出せる相手がいることに互いは安心し、軽く微笑むと、また夜空を見上げ、力を抜いた。
 その時のため息は風に乗り、夜空へと草を運んだ。
 そして、夢の中で眠るというのも奇妙なものだが、2人は、目を瞑った。
 その手はずっと離されることなく、しっかりと繋がれていた。

 目が覚めてからも、ずっと。


 ――心はずっと、繋がっている。









記念すべき最初の1冊でした。コピー本で水色の表紙だった覚えがあります。裏面に「strANGE baLance」って入れた記憶…エンジェル入ってるじゃんって…。
残念ながら当時のデータは後に出した再録集の分だけで、実物も実家の押し入れ深くに眠るのみ。当時のあとがきは掘り起こせませんでした。何を書いていたのやら。怖いです。
ちなみに再録集も一字下げ忘れてたりとグタグダのデータで、一括変更しただけで掲載してしまっているので、諸々読みづらさがあって申し訳ないです。
読み直して整えるべきなのはわかってるんですが…直視できなかった…あまりにも…遠い…恥……。

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掲載日:2026/02/10